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[第二十九章/− −4−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十九章 鮮血の王子(4)


 油断なくマカリスターに狙いをつけ続けていた弓兵<アーチャー>たちも、カルルマン王子を守ろうと矢を発射する。
 シュッ! ザザザザザザッ!
 矢は六本すべて、マカリスターの背中に突き刺さった。マカリスターの歩様が乱れる。だが、なおもカルルマンに近づこうとしていた。
「ベルク!」
 ダバトスがコマンド・ワードを唱えながら剣を一閃させると同時に、青い閃光がマカリスターの頭頂部を貫いた。
 ドーーーーーン!
 数瞬の間を置いて、空は曇ってもいないのに雷鳴が轟く。
 そう。ダバトスが持つ、その剣こそ、伝説の魔剣と呼ばれる召雷剣<ライトニング・ブレード>だった。
 マカリスターは身体を真っ二つにされると同時に、一瞬にして黒焦げにされたのである。
 炭化した人間の肉体らしき塊は、ゴロンと地面に転がった。周囲には焦げくさい臭いが立ちこめる。
 召雷剣<ライトニング・ブレード>は、刃の部分が三つに割れると、その凄まじい魔力の余韻を見せつけるかのように放電した。パリパリと空気が痺れる。
 さしものカルルマン王子も、突然、マカリスターに襲われて腰を抜かしていた。歯の根が合わないような状態だ。
「大丈夫ですか、殿下?」
 召雷剣<ライトニング・ブレード>の放電を終えたダバトスは、少し笑みを見せながら、カルルマンを起こしてやろうと手を伸ばしかけた。
 と、そのとき!
 黒焦げの死体を突き破るようにして、黒い塊がカルルマン王子を襲った。突然の出来事とあまりに距離が短かったため、さすがのダバトスも対処が出来ない。
 グサッ!
 黒い塊はまるで槍のように、カルルマン王子の身体を貫いた。その衝撃で、カルルマンの小柄な身体が宙に浮く。
「で、殿下!?」
 ダバトスは召雷剣<ライトニング・ブレード>で黒い塊を斬り捨てたが、時すでに遅し。カルルマン王子は即死の状態だった。
 焼け焦げた髪の毛が周囲に舞い散った。これこそカシオスがマカリスターの体内に隠しておいた最後の切り札である。死者のマリオネットとして送り込んだマカリスターが、敵に斬り倒されることは計算済みであった。だが、真の油断はそこにこそできる。刺客を倒して安心した刹那に必殺の一撃を加えるカシオスの企ては見事に決まった。
 ダバトスはガックリと膝を屈して、亡骸となった王子を見つめた。
 周りにいた兵士たちも、王子の死に愕然とした。
「で、殿下が……やられた……」
 しばらくは茫然と立ち尽くしかなかった兵士たちだが、徐々に事の重大さを理解し始めた。それはパニックを生む。
「殿下がやられたぞー!」
 その衝撃はすぐさま全軍に伝播した。将を失った軍は、その統率力をも喪失し、崩壊していく。大軍だけに、その歯止めは利かなかった。
 王都軍の兵たちがバラバラに逃げ出すところは、領主の城からも見ることが出来た。ゴルバはグッと拳を握った。
「見ろ! 王都軍が散り散りになって退いていくぞ!」
 カルルマン王子さえいなければ、あとはどんな大軍であろうと烏合の衆同然だ。これでゴルバは勝利を確信した。
「だが、兄者。あの王子の側近である将軍も侮れないぞ。ヤツは魔剣を持っている」
 自らの髪の毛を通して、ダバトス将軍の召雷剣<ライトニング・ブレード>の威力を知ったカシオスは、ゴルバに忠告した。だが、ゴルバは右手の悪魔の斧<デビル・アックス>を見せて、
「ヤツが魔剣ならば、オレにはこの斧がある。負けはしないさ!」
 と、自信に満ちた表情で言うゴルバ。カシオスはそんな兄が何かに憑かれているような印象を受けて、危険な感じがした。
「オレは残兵を掃討してくる。ノルノイ砦のヤツらも、隊長のカタキ討ちだと言えば、戦意が高揚するだろう」
 ゴルバは不敵な笑みをその場に残し、カシオスの部屋を出て行った。マインもそれに続こうとする。
「マイン!」
 サリーレが呼び止めた。勝手な行動を慎んでもらうためだ。カシオスの手前もある。だが、
「何と言われようと、オレも戦うぜ。敵が目の前にいるのに、隠れてなんかいられるかよ」
 と、マインは主張した。サリーレは思わずカシオスの方を見る。
 カシオスの口から出た言葉は意外なものだった。
「いいだろう。兄者を手伝ってやってくれ。──サリーレ、お前もだ」
「あたいも?」
「敵はカルルマン王子を失ったとは言え、その数はこちらを遙かに凌ぐ。少しでも戦力があった方がいいだろう。それに兄者の様子が気になる。あの禍々しい斧の虜となっているのではないか」
 サリーレも同じことを考えていた。あの斧は尋常じゃない。人間が扱いきれるものではなかった。
「分かったわ。注意しておく」
「万一の時は、お前たちに兄者を殺せとは言わない。どのみち、お前たちの力では無理だろうからな。殺るときはオレが手を下す。お前たちは見張るだけでいい」
 そう言うカシオスに、マインは冷ややかな視線を向けた。
「やっぱり、いつかは自分の兄貴も殺すつもりだったんだな?」
 マインの指摘に、カシオスは否定しなかった。立て続けに能力を使ったせいで疲れたのか、ベッドに横になる。
「一度はあきらめたはずの後継者の座だったが、親父が死に、デイビッドもいなくなって、オレにもチャンスが巡ってきた。やはりオレは、山賊の頭領ごときで満足する器ではなかったのだ。カルルマン王子も仕留めた今、セルモアどころかブリトン王国さえも、この手中に出来るかも知れない。面白くなってきた」
「まったくだ。面白くなってきやがったな」
 マインもニヤリと笑った。だが、そんなマインにカシオスはクギを刺す。
「マイン、もう一度、言っておくぞ。オレを裏切ろうなどと思うな。その首にはオレの髪の毛が巻かれている。指の一本も動かさずにお前を殺すことなど造作もない」
 カシオスの脅しに対して、マインは肩をすくめただけだった。
「分かっているよ。オレも死ぬのはごめんだからな。じゃあ、暴れてくるぜ!」
 マインは段平を肩に担ぎながら、退出した。
 サリーレは、あのマインがそう簡単にあきらめるとは思っていなかったが、それをカシオスに言うことはしなかった。
 外からは鬨の声が轟き聞こえてきた。



 領主の城から再出撃したノルノイ砦の騎士団は、ゴルバを旗印として、瓦解同然の王都軍に対して突撃を敢行した。隊長のカタキ討ち、そして敵将の死を知らされたノルノイ砦の騎士団は、先程の潰走がウソのように戦意が旺盛であった。
 対する王都軍は戦線から脱落する者が多く、士気の低下は明らかだった。一旦、後退したダバトス将軍は、襲い来るセルモアの軍勢を振り返りつつ、立ち止まった。
「やはり出てきたか」
 そこへ一頭の白馬が近づいた。その馬上には──
「好戦的な連中だな、ダバトス」
 カシオスの策により暗殺されたはずのカルルマン王子が鼻で笑った。
 カルルマン王子は、城に退いた敵がどんな策に出てくるか読み切っていた。セルモア側が風前の灯火も同然だった劣勢を挽回するには、敵の将──つまりカルルマン王子を討ち取ることが最善である。カルルマンはそれを見越して、影武者を立て、わざと殺させたのだ。それによって敵が攻勢に出てくるのも計算済みで、すでに街に軍を集結させて、反攻に備えている。兵たちが王子の死にショックを受けて逃げ出したのも、兼ねてから予定していた擬態であり、それによって防御陣で守られた領主の城から敵を引きずり出す作戦だった。
 当然ながら、セルモア側はまだ、そのことに気がつかない。突撃の勢いは増すばかりだ。
「さあ、来るがいい。今度こそ決着をつけてやる!」
 ダバトスは鞘から召雷剣<ライトニング・ブレード>を抜くと、迫り来るゴルバたちを迎え撃った。


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