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「カシオス兄さん!?」
デイビッドは包帯男に声をかけた。あまり一緒に暮らしていないので、デイビッドにはカシオスの記憶がない。
しかし、カシオスはうなずいた。
「そう、オレはカシオスだ。生きていたか、デイビッド」
顔までも包帯で埋め尽くされているので、カシオスがどんな表情で弟を見つめているのか分からなかったが、少なくとも好意的ではなかっただろう。何度も弟を葬ろうとした男だ。
それでもデイビッドにとっては腹違いの兄である。
「兄さん、もう、やめてください。このままではセルモアは戦場になってしまいます。何とかカルルマン殿下と話し合いを持たないと……」
説得しようとするデイビッドに、カシオスは首を横に振る。
「さっき、殿下の部下が言ったとおりだ。手遅れなんだよ、デイビッド。我々が生き残るか、殿下が勝ち残るかなんだ。セルモアはもはや、戦場になってしまっている」
カシオスは冷たく言い放った。だが、デイビッドは諦めない。
「それでも他に道は残されているよ!」
「ふっ、子供らしい考えだな。父がこんな甘チャンを後継者に選ぶとは、思いもしなかった」
カシオスの嘲笑に、デイビッドを守るようにして、キーツが前に出た。
「うるせえぞ、みの虫野郎! 結局は自分たちを後継者に選んでもらえなかったひがみじゃないか! 言いたいことがあるんなら、降りてきて、正々堂々と勝負しろ!」
キーツは鼻息荒く、カシオスを挑発した。だが、カシオスはそんな手に乗るような男ではない。それに──
「オレとやる前に、コイツらが相手をする」
カシオスの言葉が合図だったかのように、城へサリーレたち山賊団が帰ってきた。ウィルたち六人の姿を見て、慌てて武器を手にする。
「お前たち、どうやってここへ!?」
城への道は、今、サリーレたちが通ってきた山道しかない。地下回廊の存在を知らないサリーレにしてみれば、彼らがどうやって侵入したのか疑問だった。
一方では──
「マイン!」
「キーツか……」
キーツは山賊団の中にマインの姿を認めた。《幻惑の剣》を抜き、雄叫びをあげて、一気に間を詰める。
それが戦いの始まりでもあった。弾かれたように山賊団が六人に襲いかかる。
「おおおおっ!」
退却途中、いずこからか矢の雨が降り注ぎ、その半数をなくしたとは言え、山賊団は二十名以上。それに対して、ウィルたちは子供二人をかばいながらの戦いだ。不利は否めない。
「デイビッドだ! デイビッドを狙え!」
カシオスは天井からぶら下がったまま、部下たちに命じた。
キーツは単身、突っ込んでいってしまったので、デイビッドたちを守るのは、アイナとレイフだ。レイフは自ら盾となって、山賊たちと次々に斬り結んだ。
剣の腕前は明らかに鍛練を積んだレイフが上。山賊の四、五人が束になっても、レイフに傷一つつけることもできない。
アイナはそんなレイフを援護した。クロスボウで着実に山賊たちを減らしていく。混戦だが、味方よりも敵の方が多いので、狙いをつけやすい。
キャロルも聖魔法<ホーリー・マジック>で《気弾》を発射し、敵を吹き飛ばした。だが、地下回廊でいささか魔法を消費してしまい、その疲労は著しい。デイビッドはキャロルを気遣って、魔法の発動を極力押さえるように言った。
そして、キーツとマインは──
「うおりゃぁぁぁっ!」
火花が飛び散るほど凄まじい剣と剣との激突。パワーではマインが持つ段平がキーツを圧倒していた。
「くそっ!」
しかし、キーツの《幻惑の剣》はマインの目を惑わす。左に回り込みながら、《幻惑の剣》での突き。難なく段平で交わしたとマインは確信したが、実際には左腕を切り裂かれていた。
「チッ!」
マインも、かつてはキーツと《幻惑の剣》の持ち主だったハーフ・エルフのミシルと共に戦ってきた仲だ。当然、《幻惑の剣》がどういうものかは分かっている。しかし、それを理解しているのと見切ることは別問題だった。
「マイン! ミシルの恨み! そして、死んでいったみんなの恨みを思い知れ!」
《幻惑の剣》による攻撃は、どうしても避けきることは出来なかった。致命傷だけは免れるものの、マインの全身が朱に染まっていく。それでも唇の端を歪めて、笑って見せた。
「どうした、キーツ? お前の腕はこんなものか? そんな剣ではオレは殺れねえぜ!」
不敵なマインに、キーツは怒りの一撃を加えようとした。
そこへ空気を引き裂き、鋭い鞭の一撃が見舞う。
ビュッ!
キーツはとっさに上体を反らしたが、交わし損ねて、左目の上を切った。
ハーフ・エルフの鞭使いサリーレの仕業だ。
「助かったぜ!」
マインはサリーレにウインク一つ投げると、ひるんだキーツに渾身の一撃を叩き込んだ。
ガキィィィィン!
キーツはかろうじて、マインの攻撃を受け止めることが出来た。しかし、おびただしい出血から左目が見えなくなってしまう。
「キーツ、忘れたか!? ここは戦場だ! 一人の敵ばかりに気を取られていると、どこからグサリとやられるか分からないぜ!」
形勢が逆転し、マインは饒舌になった。段平で押し込みながら、キーツの腹に膝蹴りする。
「ぐおっ!」
キーツはたまらず呻いて、よろめきながら後退した。だが、マインは逃がさない。
「何処へ行く、キーツ! オレを殺すつもりじゃなかったのか!?」
そんなキーツの危機にも、ウィルは助けに行けなかった。ウィルにはカシオスの“死者のマリオネット”が襲いかかっていたのだ。
「これがかわせるか、吟遊詩人!」
カシオスが使っているのは、ウィルたちを襲った姿なき襲撃者たちの遺体。それゆえ、ウィルの目にも見ることが出来ない。
しかし、カシオスが操る髪の毛は見えていた。ウィルは《光の短剣》で操り糸を確実に断ち切っていく。
「くっ、なんと恐るべきヤツ!」
自分の髪の毛がことごとく両断されていく様を直視して、カシオスは心底、ウィルという男が恐ろしくなった。だが、それだけに倒し甲斐もある。カシオスは秘技の限りを尽くし、“死者のマリオネット”をウィルの前後左右と言わず、その頭上からも攻撃させた。
それでも尚、ウィルは巧みに攻撃を避けた。漆黒の舞踏に誰もが酔いしれる。床に打ち鳴らされるウィルの靴音。それすらも舞踊曲のようであった。
「これならばどうだ!」
カシオスは“死者のマリオネット”に、一斉に襲いかからせた。だが、ウィルはそれをいち早く察知し、自ら跳躍した。そして、空間の一点に集中したカシオスの髪の毛を切断する。コントロール系統である髪の毛を失った“死者のマリオネット”は、ただの見えない死体に成り下がり、床に転がった。
と同時に、突如として、次々と死体が姿を現した。これには戦いの最中だというのに、山賊団の連中はギョッとする。無理もない。彼らは見えない死体の存在など知りもしなかったのだから。
「どうやら魔法の効力が切れたようだな」
ウィルはカシオスとの死闘を繰り広げながら、独り言のように呟いた。