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キーツとマインの死闘は続いていた。剣が折れてしまったキーツは、マインの断続的な攻撃をすんでのところで交わしている。だが、片目のハンデもあって、確実に壁際へ追い込まれていた。
「どうした、キーツ。あとがないぞ」
マインは勝ち誇ったように言った。キーツは折れた《幻惑の剣》を握りしめながら、必死に活路を見出そうとする。だが、キーツもまた、マインの力量を充分に知っていた。手練れの傭兵から隙を見出すことは難しい。
「キーツ!」
アイナは援護しようと、再びウィルから受け取った鉄の矢をクロスボウにセットした。狙いをマインに定める。
ビシュッ!
矢は狙い違わず発射された。だが──
キン!
アイナに対して背中を見せていたはずのマインは、まるで後ろに目があるかのように身体を捻り、必殺の一矢を撃ち落とした。矢はマインの段平の前に、真っ二つにされてしまう。これではウィルが刻んだルーン文字の魔法効果も得られない。
だが、アイナの援護はマインの気を逸らすことくらいには役立った。キーツは手にしていた折れた《幻惑の剣》をマインに向かって投げつける。
「ムダなあがきを!」
カキィン!
マインは難なく、折れた《幻惑の剣》をはたき落とした。これでキーツはまったくの丸腰だ。
「最期だ、キーツ!」
マインは無防備なキーツに向かって、段平の重い一撃を振り下ろした。
それを見たアイナは、思わず目をつむりそうになった。だが──
目をつむりそうになる寸前、キーツの信じられないような素早い動きに、アイナは目を奪われた。
大きく段平を振りかぶったマインの懐に、キーツは飛び込んだ。そして、姿勢を低くしながら、段平を持つマインの手を両手で包み込むようにする。この間合いでは斬りつけることは不可能。マインの攻撃に遅滞が生じた。
キーツはその隙に、マインの右手首を握って、ひねりあげた。続いて、逆の手で段平の柄を押し込むようにすると、マインの握力が弱まる。そうなればキーツが武器を取り上げるのは簡単だった。
一瞬の早業。マインの段平はキーツの手に移っていた。
「マイン、忘れたか? オレの技を」
キーツの武器は剣術などよりも、素手で相手の武器を奪い取る護身術だったのだ。東方の修行僧<モンク>から学んだもので、その体躯に似合わず、俊敏な動きを見せる。当然、同じ戦場で戦ったマインが知らないはずはなかったが、《幻惑の剣》にばかり気を取られ、つい失念してしまっていた。
今度はマインが丸腰になった。
「くっ!」
「逃がさん!」
キーツは段平を持ち替えると、ミシルのカタキに向かって一閃させた。
ズバッ!
鋼の刃は、マインの腹部を深く斬り裂いた。おびただしい血と共に、内蔵が飛び散る。
「ぐはっ!」
マインはたまらず床に倒れ込んだ。なんとか立ち上がろうとするが、もう力が入らない。それでも顔だけは上げ、キーツを睨みつけた。
「お、おのれ……キーツ……貴様……」
恨み言に続いて、口からは血も吐き出された。マインはそのままガックリと力が抜け、事切れる。おびただしい血の海が床に広がった。
キーツは荒い息をつぎながら、マインの亡骸を見下ろした。
「ハァ、ハァ、ハァ……マイン……これからこの剣はオレが使ってやるからな……」
そう死者に呟くと、キーツは左目上の出血を手の甲で拭いながら、マインの段平を肩に担ぎ上げた。
サリーレ、マインを失った山賊団は、完全に戦意を喪失した。たった六人──そのうち二名は子供──を相手にして。
「まだだ!」
呪詛のごとき叫びが一階フロアに響いた。カシオスである。手下をほどんど失いながらも、まだ抵抗を続けるつもりだった。
「もう終わりだ」
ウィルが静かに言い放つ。《光の短剣》がさらに輝きを増した。
「ふざけるな! こいつらの体は“死者のマリオネット”として、いくらでも活用できるのだ!」
カシオスは手下たち一人一人に結びつけていた髪の毛を利用して、“死者のマリオネット”を使った。サリーレやマインの死体が無造作に起きあがる。そればかりではなかった。生き残っていた山賊たちまでも、先程のタックと同じように首を切断され、改めて“死者のマリオネット”と化す。その光景はまるで地獄絵図のようであった。
それを見たキャロルが、思わず顔を覆う。
「兄さん、自分の仲間に、こんなむごいことをするなんて……」
デイビッドはそんなキャロルの頭を抱きかかえるようにしながら、カシオスの常軌を逸した行動に絶句した。だが、カシオスにしてみれば、戦意を喪失した手下よりも、自分の手足となって動く兵隊を欲した結果だ。そのために仲間の命を奪うことなど、どうということはなかった。
「お前たちが倒れるまで、“死者のマリオネット”はいくらでも甦るぞ! お前たちの仲間が倒れれば、その死体をも“死者のマリオネット”にしてやろう!」
また多くの敵に囲まれることになって、アイナたちは武器を構えた。だが、今度の敵は操り人形。痛みも恐怖も知らない不死身の軍団だ。どこまでアイナたちの武器が通用するか。
「終わりだと言ったはずだ」
ウィルは鋭い眼光をカシオスに向け、手にしていた《光の短剣》を投擲した。それは流星のごとき速さでカシオスを貫くはずであったが、まるで軽業師のように空中から床に降り立つことで回避する。カシオスは笑った。
「バカめ、唯一の武器を投げてしまって、これからどうするつもりだ?」
「こうする」
ウィルは素手のまま、カシオスに跳びかかった。いささか虚を突かれたが、すんでのところでカシオスは避けることに成功する。ウィルとカシオスは位置を入れ替えて対峙した。
「そんな野蛮な攻撃に出るとはな。正直、驚いたが、それではオレを倒せんぞ」
「いや、これで終わりだ」
ウィルは静かに、人差し指と中指を真っ直ぐに揃え、それをカシオスに見せた。初めは訝った表情をしていたカシオスだが、すぐにその意味に気づく。
「い、いつの間に……」
カシオスの顔色は青ざめ、声は震えた。
「地獄で仲間に詫びろ」
ウィルはそう言って、二本の指を引いた。
それはウィルとカシオスにしか見えなかったはずだ。ウィルの指につままれたカシオスの髪の毛。その髪はカシオスの頭部からウィルの指を介し、再びカシオスの首に結びつけられていた。
カシオスとすれ違った一瞬の間に、その髪の毛を使って仕掛けを終えたウィル。それは神の仕業か、悪魔の仕業か。
ピィゥゥゥゥゥゥン!
ウィルの指が引かれると同時に、カシオスの首は声もなく切り落とされていた。自らの髪の毛で、部下たちを殺めた同じ方法で。カシオスの生首が床に転がった。