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[第三十一章/−1 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第三十一章 死闘果てなく(1)


 シュナイトにパメラを連れ去られてしまったデイビッドたちは、今後、どうしたものかと思案していた。だが、悠長に考えている暇はない。何しろ、ここは領主の城の中。いわば敵地だ。侵入して以来、兵士たちの姿がまったく見えないことは不思議だったが、いつ現れるか分かったものではない。
 一行はレイフを先頭にして、一階へと降りた。
「待って」
 一階に辿り着く直前、アイナが呼び止めた。クロスボウを準備して、レイフの前に出る。その後ろにはウィルが続いた。
「誰かいるわ。それも一人じゃない……」
 アイナは慎重に顔を覗かせた。
「!」
 アイナの鋭い聴覚が弓の弦を引く音を捉えた。反射的に、その方向へクロスボウを発射する。
 ビシュッ!
 一瞬、クロスボウを発射した方向に誰もおらず、アイナはギョッとした。だが、発射されたクロスボウの矢は、空中で制止すると同時に、ギャッという苦鳴が漏れる。空間から血が滲み出した。
「な、何なの……?」
 撃ったアイナが、一番、驚いていた。
「身を隠せ」
 背後からウィルに腕を引っ張られ、アイナは後退した。間髪を置かず、アイナがいた位置に数本の矢が飛んでくる。だが、アイナには狙撃手の姿はまったく見えなかった。
「敵は何人だ!?」
 キーツが後ろから訊いてきた。
「少なくとも六人」
 と答えたのはウィル。だが、アイナは訳が分からないといった様子だ。
「ちょ、ちょっと待って! どこに敵がいるって──」
「ヤツらは姿を消している。自分の耳を頼りに撃て」
 ウィルはそれだけ言うと、一階フロアに飛び出していった。
「姿を消している?」
 アイナはもう一度、フロアを覗き込んだが、ウィルの姿が一人見えるだけ。しかし、彼女の耳は確かに複数の足音を聞き分けていた。
 アイナは外れて元々のつもりで、ウィルを援護した。だが、それは的確に見えない敵を射抜いてゆく。あちこちから悲鳴が上がった。
 ウィルも見えない敵の姿を完全に捉えていた。《光の短剣》を抜いて、斬りつける。
「こ、こいつ、オレたちの姿が見えているのか!?」
 どこからともなく、そんな怯えが聞こえてきた。
 デイビッドやキーツたちにすれば、ウィルが一人で剣術の型の稽古でもしているように見えたが、ときどき、空中から飛び散ったり、床を流れる血で、実際に戦っているのだと認識できた。敵の姿は見えずとも、カシオスが操る髪の毛一本も察知できるウィルの超感覚をもってすれば、造作もないことだ。
 奇妙な戦いは、意外と呆気なく片がついた。
 ウィルは敵の一人──もちろん、他の者には見えないが──の胸ぐらをつかむと、尋問した。
「この城の者か?」
 ようやく安全になったらしいと確認したデイビッドたちも、ウィルの近くへ集まり、その正体を聞こうとした。
 見えない男は、
「オレたちはカルルマン王子の配下だ……」
 と答えた。その名を聞いて、デイビッドの表情が強張る。レイフも驚いた様子だ。すかさず、今度はレイフが質問する。
「つまり、王都軍というわけだな? セルモアを攻撃しに来たのか?」
「領主のバルバロッサが殺されたという報告が入った……。それは王国に対する謀反も同じ。首謀者を捕らえに来て、何が悪い……」
「兄ゴルバの罪は、僕が償わせます!」
 思わず、デイビッドが口を挟んだ。事態が最悪の方向へ動いていることに、焦りを覚えているようだ。その手をキャロルが握る。
「もう遅い……殿下は気性の激しい方だ。内輪でのもめ事を簡単に処理できないようでは、このセルモアを任せることは出来ない」
「こっちにも事情ってものがあるんだ! 部外者は引っ込んでろって言うんだよ!」
 キーツがたまらず、声を荒げる。見えない男に向かって、殴りかからんばかりの勢いだ。それをアイナが止める。
「待ちなさいってば! それより、どうしてコイツらは姿を消しているか、それを問いただすのが先決でしょ!」
 おそらくは大軍で押し寄せている王都軍が、皆、彼らのように姿を消せるとしたら厄介だ。何か対処法を講じる必要がある。
「それは──」
 男が口を開きかけた刹那、ウィルは殺気を感じ取り、背後を振り返った。
 その一瞬の隙を突いて、姿なき男の首が切り落とされる。その光景は誰も目撃することは出来なかったが、周囲にはおびただしい血が巻き散らされた。
「キャーッ!」
 それを見たキャロルが悲鳴を上げる。
 ウィルは見えない死体から離れると、《光の短剣》を振るった。切り落とされた幾本もの髪の毛が宙に舞う。
「そこ!」
 アイナは高い天井の一角にクロスボウを発射した。だが、その矢をかわすようにして、何者かが伝い降りてくる。その様は蜘蛛のようだ。
「ようこそ、領主の城へ」
 侵入者を出迎えたのは、ただ一人、城に残り、包帯で全身を覆ったカシオスだった。カシオスは床に着地せず、空中に制止した。


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