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[第三十一章/− −3 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第三十一章 死闘果てなく(3)


 城への退却を試みたゴルバたちだったが、途中、山賊団の連中が道端に倒れているのを見て、不審に思った。どれも弓矢による攻撃を受けたようだ。
 誰もが伏兵が潜んでいるのかと疑った。しかし、確かに道の両側は岩山で、身を隠すところは多いものの、出撃してきたゴルバたちとすれ違った敵兵がいるはずもない。それについ先程までは、カシオスの防御陣によって、敵は侵入さえ出来なかったはずだ。
 ところが、ゴルバたちにも山賊団同様、矢の雨が降り注いだ。完全に戦意喪失のノルノイ砦騎士団は、ただ悲鳴を上げて逃げるしかない。ゴルバも気力が萎えそうになったが、歯を食いしばって、矢の雨の中をくぐりながら、城へと急いだ。
 その背後にはダバトス将軍率いる王都軍が迫っていた。このまま領主の城へ攻め込むつもりだ。
 それにカルルマン王子の策によれば、すでに先兵がもぬけのからとなった領主の城を制圧しているはずである。この山道で控えさせていた伏兵と同じように、姿なき兵士たちが。戦力の少ないゴルバが全軍で最期の攻勢をかけてくることをカルルマン王子は読んでいたのだ。
「あの猿め、存外に役立ったな」
 ダバトスは、カルルマンがわざわざ王都から連れてこさせた一匹の猿に対して、これからの利用法を考えていた。
 その猿は半年ほど前、ブリトン王国の南方の山で捕獲されたものだ。外見上は普通の猿と何ら変わりはなかったが、唯一、特筆すべき能力を身につけていたのである。それが人や物を透明にする魔法だ。
 このように魔法を使う動物は、時折、発見される。動物の種類も様々だが、会得している魔法も様々。学者の間では、変異的なものであるとされているが、詳しいことは解明されていない。ただ、魔法は使えても一つだけであり、手なずけても実用性は薄いと考えられていた。
 捕獲された猿も、危険を感じると魔法を使って相手を消し、それによって危険を回避したと思い込んでいるようなのだが、これにカルルマン王子は目をつけた。姿を消した兵士が敵陣に潜入すれば、敵将の暗殺や陽動などが可能だし、他にも色々な応用が利く。今回、カルルマンが猿を運ばせたのは、実戦でのテストのためだった。
 その効果はてきめんだったと言えるだろう。カルルマンは姿を消した兵士たちを防御陣の手前で配置し、敵が討って出てきた時点で、入れ替わりに城へ突入させたのだ。これにより退却した敵は前後で挟み撃ちにされる。もはや逃げ道はどこにもなかった。
 ダバトスは勝利を確信して、退却するゴルバを追いかけた。



「ひ、ひいいいいっ!」
 タックは突如として現れた死体に悲鳴を上げた。すでに双子の兄弟であるチックが──どっちが兄で、どっちが弟かは知らないが──、退却の途中で死んでしまい、タックはすぐにもこのセルモアから逃げ出したかったのだ。ただ、背後からは王都軍も迫ってきており、仕方なく仲間たちと行動を共にしてきたのである。だが、この衝撃的な場面に出くわして、タックは恐慌に陥った。
「やだ、やだ、死にたくない! 死にたくないよ〜ぉ!」
 タックは戦いの輪から抜けると、出口へと走った。難所となっている山の崖を伝ってでも逃げるつもりだった。もう、仲間も何もない。
 キュッ!
 そんなタックの首がすぼまった。文字通りタックの目の玉が飛び出しそうになる。
「逃げることは許さん」
 カシオスの冷徹な声。距離は離れているはずなのに、タックの耳にはハッキリと聞こえた。
「ヒッ!」
 プツッ!
 なおも逃げようとした刹那、タックの首と胴は切り離された。タックの首が恐怖に表情を引きつらせたまま、床を転がる。
 それは戦いの片隅で起きた出来事。誰も気がつかなかった。──ただ一人、ウィルを除いては。
 ウィルは鋭い視線をカシオスに向けた。唇が引き締められる。
 そんなウィルに対して、カシオスは包帯の下で笑っただろうか。
「少しは人間らしい表情も作るのだな」
「お前には地獄への土産として、鎮魂歌<レクイエム>を聴かせてやる」
 ウィルの手にする《光の短剣》が強烈な光を発し始めた。
 その輝きに、戦っていたの者たちは皆、動きを止めて、その光に魅入った。キーツとマイン以外は。
 片目になってしまったキーツは防戦一方になってしまった。マインが狂ったように、襲いかかってくる。自分が有利と悟り、その顔には余裕すら浮かんでいる。
「死ね、キーツ!」
 マインは渾身の一撃を振り下ろした。キーツは片目で、それを受け止めようとする。
 パキィィィィィン!
 剣が砕けた。キーツの《幻惑の剣》が。
 《幻惑の剣》はミスリル銀製。確かにガラスのように繊細な装飾がされてはいるが、普通ならば、鋼ごときに砕かれるはずがなかった。しかし、長年に渡って使用され続けていたため、さすがのミスリルにも金属疲労が及んでいたのである。ストーンフッドのところへ持ち込んだのも、その修繕のためだった。ストーンフッドの制止も聞かず、持ち出したキーツの迂闊さである。
 キラキラと剣の破片が空中に舞った。
 それはまるで鏡のように、キーツの姿を写しだしていた。
 そんな破片の一つに、死んだミシルの姿を見たキーツ。
 その表情は微笑んでいただろうか、それとも悲しんでいただろうか。
「キーツ!?」
 ウィルの《光の短剣》が発する光に気を取られていたアイナは、キーツの危機を察知した。即座に援護しようと、クロスボウをマインに向ける。しかし──
「させないよ!」
 サリーレもまた、アイナの動きを捉えていた。ハリトラネズミの皮で作られた愛用の鞭を振るう。
 ヒュン!
 アイナは寸前で鞭を交わしながら、狙いをサリーレに変更した。発射。
「笑わせるんじゃないよ!」
 矢は易々とサリーレの鞭に跳ね返された。アイナは続けて連続発射するが、それも敵わない。
 アイナは焦った。今はサリーレを相手にしているときではない。キーツが危ないのだ。
 ウィルもレイフも、自分たちの前の敵を相手にするのに精一杯だった。
 そして、キーツは折れた《幻惑の剣》を信じられないように見つめている。
 そのキーツに、マインが勝ち誇ったかのように、ゆっくりと近づいた。このままではキーツは殺されてしまう。何とかしなくては。
「アンタの相手はあたいだよ!」
 つい、気を取られて、サリーレへの対処が遅れた。
 ビシュッ!
「っ!」
 アイナの右肩をサリーレの鞭が掠めた。だが、細かい針がビッシリと生えている鞭である。掠めただけのはずが、肩当てごと肉をこそぎ落とされた。激痛に大きな悲鳴を上げそうになる。
 だが、その痛みがアイナの思考を研ぎ澄まさせてくれた。戦いの前、ウィルが礼だと言って文字のようなものを刻んでくれた矢。まだ、一本も使っていなかったが、今こそそれを使うときだと思った。それに最後の望みを託す以外ない。
 アイナはウィルから受け取った矢をクロスボウにセットした。
「ムダよ!」
 すかさず鞭を手にしたサリーレが迫ってくる。アイナにトドメを刺すつもりだ。
 バシュッ!
 アイナは撃った。真正面のサリーレに向けて。
 近距離。通常であれば、絶対に外すことはない。
 だが──
 キン!
 サリーレはアイナのクロスボウなど見切っていた。これまで同様、鞭で矢を弾き飛ばす。
 結局、ウィルから受け取った矢も通用しなかった。いや、その矢にどんな特別なものが秘められていたのかも、アイナには分からない。
「観念しな!」
 今度こそトドメを刺そうと、サリーレは鞭を振り上げかけた。
 そのとき、アイナは殺されるかも知れない状況の中で、なぜか目だけは弾き飛ばされた鉄の矢を追っていた。
 矢は空中を回転しながら跳ね返されていたが、突如、その動きを止めた。それはまるで時間が止まったかのように、矢が空中で制止したのだ。目視していたアイナ自身、信じられなかった。
 そして、矢はサリーレに方向を定めると、獲物を仕留める猛禽のように飛来した。
 ブシュッ!
「なっ……!?」
 矢はサリーレの背後から首を貫き、口から血をあふれ出させた。ゆっくりとサリーレの眼球がアイナの方を向く。と、それも一瞬。すぐに白目を剥き、その身体は床に倒れた。
 まるで矢に魔法が宿ったかのようだった。
 魔法。
 そう。それを可能にしたのが、ウィルが刻み込んだ不可思議な文字だった。
 それはルーン文字と言われ、古代魔法王国の時代に使われていたものだ。文字そのものに魔力が宿されている。
 アイナは理解した。ウィルは鉄の矢に、必ず目標を射抜く魔法を施したのである。
 だが、今のアイナにそんなことで驚いている暇はなかった。キーツが危ないのだ。


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