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ウィルに魔法攻撃を見せつけられた王都軍は、山道を一目散に下り、カルルマン王子が陣を張っているセルモアの街へと退却した。
街の者たちは王都軍の侵攻にすっかり怯えてしまい、店をたたみ、息を殺すように家に閉じこもっていた。よって、街の中で動き回っているのは、カルルマン配下の騎士たちとイヌやネコくらいのものである。いつもは活気があるはずの街は静まり返っていた。
カルルマンは山腹にある領主の城が一望できる街の広場に、即席の本陣を作らせた。その周りを兵士たちに固めさせている。カルルマン本人はその中心で、甲冑姿のまま、野営用のテーブルに腰を落ち着かせ、王都から運ばせてきたお茶を飲みながらくつろいでいた。カップを持った右手の小指は立て、香りを楽しんでから口にする。いつもの味の濃さ、熱さだったのだろう、王子は戦の最中だと言うことも忘れて、満足げにうなずいた。
そこへ慌ただしい、ダバトス将軍たちの帰還である。カルルマンは眉根を寄せた。
「ダバトス、僕がティータイムの邪魔されることを嫌っていることくらい知っているだろう?」
物言いは穏やかだが、その奥底には険が含まれていた。ダバトスはすぐさま、殿下の御前で膝をつく。
「申し訳ございません、殿下。敵に高位の魔術師がいるらしく、これ以上の手出しが出来ないのであります!」
その報告を黙って聞いたカルルマンは、やおらティーカップのお茶をダバトスの顔に浴びせた。熱湯ではないものの、それなりに熱いお茶だ。だが、ダバトスは悲鳴を押し殺し、王子の侮辱に耐えた。
「つまらないことで、僕のティータイムを邪魔するな」
カルルマンは侮蔑の表情で、平身低頭する将軍を眺めた。ダバトスはさらに頭を地面にこすりつけるようにする。
「はっ! それは重々、承知しております! しかし、ファイヤー・ボールの魔法を使える魔術師はそうそうおりません! 何か策を考えませんと……」
「そんな魔法のことは、ここからでもよく見えた」
カルルマンは単に休息を取るための場所を確保したわけではなかった。現段階で、戦況を見渡せる位置に陣取ったのだ。
カルルマンは給仕にお茶を注ぐよう、指を鳴らした。そして、ダバトスの方へ向き直って足を組む。
「ダバトス、僕らの目的は何だ? 言ってみろ」
「はっ……バルバロッサがいなくなったこの状況に乗じて、セルモアのミスリル銀鉱山を我らの手中に収めることであります」
「そうだ。目的はミスリルだよ。ゴルバたちの首など、些事に過ぎない。領主の城に近づけぬのなら、先にミスリル銀鉱山を接収しろ!」
「はっ!」
「その後、ヤツらがどう動くか。もし、取り返しに来るなら、弓兵<アーチャー>たちに狙撃させろ。もちろん、姿隠し<インビジブル>の魔法をかけて、待機させるのだ」
「かしこまりました!」
ダバトス将軍は一礼すると、すぐにミスリル銀鉱山を押さえるため、休息していた第二師団を召集させた。
カルルマン王子の戦略はダバトスを唸らせるものだった。敵が城に立てこもるのであれば、出ざるを得ない状況を作り出せばいいということだ。敵にとって、ミスリル銀鉱山は要所。奪われたと知れば、取り返しに来るだろう。それを姿なき狙撃手で迎え撃てば、いかに魔術師がいようとも、戦力を極端に減らしている敵などものの数ではない。
「第一陣は姿隠し<インビジブル>の魔法を!」
ダバトスの命で、檻に入れられた一匹の猿が引き出された。それを第一陣の兵士たちが取り囲む。猿は興奮した様子で、彼らを威嚇した。
「ウキーッ、ウキィ、ウキィーッ!」
兵士たちはそんな猿を面白がるように、檻の中に棒を差し入れて、からかい始めた。ある者は檻を手で叩く。猿は檻の中で激しく動き回るが、出口は固く閉ざされ、逃げることは出来ない。
とうとう猿の怒りと恐怖が頂点に達した。鳴き声とは違うものが口から漏れる。それが呪文だった。
魔法が発動されるや、檻の周りにいた兵士たちの姿が、一斉にかき消えた。猿が兵士たちに姿隠し<インビジブル>の魔法をかけたのだ。猿は自分に危害を加えようとする者たちがいなくなり、喜んだ。もっとも、実際にはその姿を消してやっただけで、存在はするのだが。
「よし! 魔法効果が切れる前に、第一陣は出撃! 残りの者はオレに続け!」
ダバトスは第二師団に号令をかけると、ドワーフたちが守るミスリル銀鉱山へと進撃を開始した。