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ゴルバは、ソロが戦闘続行不可能と見るや、次の標的をジャコウに定めた。
「さすがは兄貴の貫禄というところか?」
ジャコウは右腕を突き出した。その表情にはまだ余裕がある。
ゴルバは傷の痛みに顔をしかめながら、ジャコウに近づいた。
「貴様だけは、絶対に許さねえ!」
「ほう、どう許さないと言うのかね?」
「うおおおおおっ!」
ゴルバは悪魔の斧<デビル・アックス>を振りかざし、ジャコウに向かって突進した。それに対してジャコウは、シュナイトの特殊能力を発動させる。《黒き炎》だ。
ゴルバは真正面から《黒き炎》に飛び込んだ。悪魔の斧<デビル・アックス>が一閃される。その刃は、《黒き炎》すら薙ぎ払った。
「覚悟!」
必殺の一撃。だが、ジャコウは軽い身のこなしで避けた。そして、再び《黒き炎》を浴びせようとする。
身構えたゴルバであったが、《黒き炎》は意外な方向へ放たれていた。パメラに向かって。
そのパメラの元にソロの姿が現れるのは同時だった。たちまちソロの全身が《黒き炎》に包まれる。
「お前の考えなど、お見通しだ!」
「うわあああああっ!」
ソロはジャコウの注意がゴルバに逸れているうちに、空間移動でパメラを助け出すつもりだった。ゴルバと戦って、やられて見せたのも、半ば芝居である。だが、それはジャコウに見破られていた。
「ち、チクショウ、こうなったら……!」
ソロは最後の力を振り絞って、ジャコウの背後に空間移動した。そして、おぶさるようにして、ジャコウの動きを封じる。二人の身体は《黒き炎》に包まれた。
「ソロ!」
ゴルバは死を覚悟した弟の名を呼んだ。
「今のうちだ、兄者! パメラを連れて、逃げろ! コイツはオレが引き受けた!」
ソロはゴルバにパメラを託した。出来れば、自分の女にしたかったパメラであるが、それがすでに叶わぬことをソロは知っている。ならば、地獄への道連れにジャコウを引きずり込むだけだ。
「兄者、早くしろ!」
躊躇するゴルバをソロが叱咤した。ゴルバは弾かれたように、床に横たわっているパメラに駆け寄って、抱き起こす。パメラの目がゴルバの顔を見つめた。
「しっかりしろ、パメラ! 行くぞ!」
パメラは魔法の影響が残っているせいか、その視線は虚ろで、すぐには立てなかった。ゴルバは強引に抱きかかえようとする。
一方、ソロの捨て身の行動により、自らの《黒き炎》に包まれたジャコウであったが、意外にも余裕を見せていた。
「この程度で、私を葬れると思っているのか?」
「何だと!?」
「《黒き炎》の使い手が、自分の炎に焼かれるものか。焼き殺されるのは、お前だけだ」
やおら、二人を包んでいた《黒き炎》の勢いが増した。ジャコウが自ら全身に《黒き炎》をまとったのだ。ソロは絶叫をあげた。
「ギャアアアアアッ!」
ソロの全身はたちまち黒焦げになり、肉も骨も炭化した。そうなると脆く崩れ始める。文字通りソロは消し炭になった。
ゴルバは弟の最期を見届けると、パメラを抱きかかえて、その場から離れようとした。だが、突然、背中に激痛が走る。その足が止まった。
「なっ……!?」
ゴルバは自分の身に何が起こったのか信じられなかった。
ゴルバの背中を抉っていたのは、パメラが手にしていた短剣<ダガー>だった。それはソロが置いていったヤツを、パメラが隠し持っていたものである。
「パメラ……!?」
ゴルバは幼なじみの顔を見た。
パメラの表情は強張っていた。全身は震えてもいる。だが、ゴルバを刺したのはパメラの意志だ。ジャコウに操られたものではない。だからこそ、ゴルバには信じられなかった。
「なぜだ……どうして……パメラ……!?」
「ゴルバ……もう、戻れないのよ……あの頃には……もう遅いの……」
「パメラ……」
「あなたにデイビッドは殺させないわ……私が絶対に殺させない……私のデイビッドをあなたなんかに……」
震えながら喋るパメラの目から涙があふれた。ゴルバの顔が滲んでいく。
ジャコウはソロを完全に蒸発させると、ゴルバたちの愛憎を黙って眺めていた。
ゴルバは思わず、手にしていた悪魔の斧<デビル・アックス>を落とした。そして、ガックリと膝をつく。
パメラの短剣<ダガー>は、ゴルバの身も心も深く傷つけていた。
そんなゴルバの顔に、そっと手を差し延べるパメラ。彼女の心の奥底を支配するものは、果たして愛情であるのか、それとも憎悪であるのか。
ゴルバはそんなパメラをより強く抱き寄せ、その唇を奪った。
十何年かぶりの口づけだった。
パメラは抗わなかった。ゴルバの髪を愛おしむように撫でながら受け入れる。
かつてはこのように愛し合った二人。過去の過ちは、そんな二人を引き裂いてしまった。
そのパメラの目が、カッと見開かれた。反射的にゴルバとの接吻を中断する。
次の瞬間、パメラは吐血した。たちまち顔から血の気が失せていく。
ゴルバの唇の端からは、黒い煙のようなものが漏れていた。《黒い毒霧》である。ゴルバは口移しによって、パメラの体内に毒を送り込んだのだった。
「ご、ゴル……バ……」
今度はパメラの方が信じられないといった表情を作る番だった。だが、それもすぐに瞼が重くなり、全身の力が抜ける。ゴルバの背中を刺していた短剣<ダガー>から、パメラの手が滑り落ちた。
ゴルバはそっと、大事なものを扱うように、パメラの身体を床に横たえた。そして、顔を伏せたまま、忍び泣く。
口からあふれ出たパメラの血が、床に血だまりを作り、悪魔の斧<デビル・アックス>に触れた。すると悪魔の斧<デビル・アックス>は、まるで生き物のようにその血を吸い上げ、全体を妖しい光で満たし始める。それは邪悪なるものの鼓動のようだった。
「これでお前はすべてを捨てることが出来た」
ジャコウがゆっくりと近づきながら、静かに話しかけてきた。人差し指を向けて、上になぞるようにする。すると悪魔の斧<デビル・アックス>が立ち上がった。
「すべてを捨てたお前は、今こそ最強の戦士となれたのだ。さあ、立て」
「黙れ!」
ゴルバは叫んだ。涙声で。しかし、闘志は失っていなかった。
「オレは貴様を許さない!」
すべてはジャコウによって、化け物のような肉体にされたのが不幸の始まりだ。それさえなければ、きっとゴルバはパメラと結ばれていたに違いない。そして、父からは領主の座を約束されていたはずだ。
憎しみの眼をジャコウに向け、ゴルバは立ち上がった。そして、悪魔の斧<デビル・アックス>を手にする。
そのとき、ジャコウはより邪悪なる笑みを浮かべた。
悪魔の斧<デビル・アックス>を手にしたゴルバは、まるで全身に電撃が走ったような感覚に襲われた。そして、右手から急激にパワーが流れ込んでくる。それはゴルバの肉体を燃え立たせた。
「うおおおおおっ!」
見る間に、ゴルバの右手から変化が生じた。黒光りする硬質の皮膚が全身を覆っていくのだ。それは表面だけの変化ではなく、骨の髄にまで及んだ。
「これぞ、悪魔の斧<デビル・アックス>の真の力! ゴルバ、お前は今、最強の力を得た!」
ジャコウは両手を広げ、まるで歓喜するかのように、ゴルバの変身を讃えた。
ゴルバは漆黒の戦士と化した。その外見からは、かつての面影は微塵もない。言うなれば戦鬼であった。
「フシュウウウウウッ!」
戦鬼ゴルバは声とも呼気ともつかないものを口から発しながら、ジャコウに向き直った。その眼には敵しか映らない。悪魔の斧<デビル・アックス>を振り上げた。
「おっと! お前には私の時間稼ぎに役立ってもらわねばならん! 《神々の遺産》を復活させるまで、地上の王都軍でも相手にしていろ!」
そう言うとジャコウは、戦鬼ゴルバに向けて呪文を唱えた。転移の魔法だ。
戦鬼ゴルバは光の輪に包まれると、その姿を消した。ジャコウの魔法が正しく発動したのなら、セルモアの街中に出現したはずである。すでに人間としての心を失った戦鬼ゴルバは、無差別に人間を殺していくことだろう。
ただ一人残ったジャコウは、血を吐いて死んだパメラの遺体を扉の前まで引きずっていくと、その血に染まった手を扉に押し当てた。そして──
「我は《残されし神々の血族》なり。我は命ず。封印を解くときが来た。その扉を開放し、我にその力を授けたまえ。マイマス・リーダ・エイマス・リーダ。ゲオ・カイザス・デルテナ・セリオス。ラ・ソラディアータ。マー・カー・ソーン・セルモア!」
ジャコウが呪文を唱えると、床下から地響きが伝わってきた。そして、重々しく巨大な扉が、音を立てて開いていく。今まさに、《神々の遺産》へ至る扉の封印は解かれた。
「ハッハッハッハッハッ! ついにこのときが来たのだ! 《神々の遺産》をこの手にするときが!」
地下回廊にジャコウの高笑いが響き渡った。