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「今のうちだ!」
その隙にレイフたち新生セルモア軍は、戦意を失った弓兵<アーチャー>たちを引っ捕らえた。いわば人質である。
「手荒な手段を用いて、申し訳ないと思っております。しかし、こうでもしなければ話し合いに応じていただけそうもないので、やむを得ず、部下の方たちを捕らえさせていただきました。話し合いの後、責任を持って、無事に解放させていただきます」
デイビッドはこれ以上の戦闘をやめるよう、ダバトスに言った。まだ、年端もいかない少年ながら、何と堂々とした態度であろうか。ダバトスは唸らずにいられなかった。
「この期に及んで、話し合いか?」
あっさりと受け入れるのはシャクなので、ダバトスはあくまでも、こちらが優位に立っているのだと見せたかった。
だが、部下たちを人質に取られ、強硬な態度をとれないのも、また事実。ダバトスは味方を見捨てられるほど、非情な将軍ではなかった。
「どうか、カルルマン殿下に取り次いでいただきたい。我が方の不名誉は、我らの手で解決したいのです」
デイビッドはあくまでも礼儀正しく、ダバトスに懇願した。これ以上、血が流れるのはデイビッドの本意ではないし、王国との関係を悪化させることも得策ではないからだ。
バルバロッサがブリトン王国から独立するような行動を取ったのは、当時のセルモアが王国の圧制に苦しめられていたからである。バルバロッサは、もっと自由な交易を目指していた。その土台はすでに出来上がったと言ってもいい。
だからこそ、デイビッドがこれから考えるセルモアの未来は、ブリトン王国との共栄であり、領民たちの幸福なのだ。
もし、セルモアの統治が王国に委ねられてしまえば、苦しい過去に戻ってしまうだろう。ましてや、王位継承が滞っているような不穏なご時世である。いつ、セルモアにも戦乱の炎が飛び火するか分かったものではない。
デイビッドにはバルバロッサが築き上げた現在のセルモアを守る使命があった。
一方、ダバトスもカルルマン王子の命により、ミスリル銀鉱山の接収が最優先事項で、他のことは考えられない。だが、状況は圧倒的に不利だ。ここでもし、人質になった味方を犠牲にして戦いを再開しても、頭上にいるウィルが大量殺戮呪文を唱えれば、壊滅は必至。そもそも、それを逃れて目標を領主の城からミスリル銀鉱山に変更したのではないか。カルルマン王子がこの場にいれば、どう答えただろう。
ダバトスは判断に迷い、思わず後方の街を振り返った。
その刹那、ダバトスの眼が大きく見開かれた。街の方から火の手が上がっていたからだ。
「これはどういうことだ!?」
ダバトスは声を荒げた。その剣幕に、部下である王都軍の兵たちも街の方を振り返る。デイビッドたちも見た。
「何だ、火事か?」
キーツは額に手をかざして、セルモアの街を眺めた。一筋の黒煙が立ち昇っている。
街に駐留している王都軍が火を放ったとは考えにくかった。領民たちに対する暴行や略奪は、カルルマンが固く禁じている。とすれば、事故による火災か、それとも……。
「まさか、我らをここに釘付けして、殿下のお命を狙ったのではあるまいな!?」
ダバトスが疑ったのも無理はないだろう。王子の身が心配だった。忠臣である。
「いや、我らはそのような卑怯なマネなど……!」
デイビッドはそう返しながら、思い当たらない節がないでもなかった。彼の兄たちは異形の力を身につけた者たちなのだ。単独で数千人の兵士たちを相手にしていても不思議はない。それにウィルの言葉を信じるなら、ゴルバはどこかへ逃れたという。それにカシオスは死んだものの、シュナイトやソロのことも気にかかる。
ウィルはその間に、遠見の呪文を用いて、街の様子を窺った。その表情に緊張が走る。
「いかん」
誰にも聞こえぬ呟きを漏らすと、ウィルはセルモアの街目がけて、天空を駈けた。
その様子を見て、益々、気が気でないのはダバトスだ。
「何が起こっているのだ? ──ここは一時休戦とさせてもらう! よいな!? ──全軍、退却せよ!」
デイビッドの返答も聞かず、ダバトスは第二師団を街に向けた。もし、王子の身が危ないようならば、救わねばならない。
そして、デイビッドもまた、街で何が起きているのか知りたかった。即座に決断する。
「ストーンフッドさん、捕らえた人質の人たちを頼みます」
すぐ後ろにいたストーンフッドはうなずきながら、
「それは構わんが、どうするつもりだ?」
と尋ねた。
「街の様子を見てきます。そして、もしゴルバ兄さんか他の兄さんがカルルマン王子と戦っているなら、それを止めなくては!」
デイビッドの言葉に、ストーンフッドは驚いた表情を見せた。
「それは危険だ! お前さんの気持ちは分かるが、もしそうだとしても、王都軍のただ中に突っ込んで行くようなものだぞ!」
「平気です! 僕はこれ以上、兄さんたちに罪を重ねさせたくないんです!」
デイビッドはそう言うと、自分の馬に跨った。そして、レイフたち新生セルモア軍を率いて、ダバトスたちの後を追うようにする。
「オレたちも行くぜ!」
遅ればせながらキーツが馬を用意する。
「デイビッドは私たちが守ります!」
と、ストーンフッドに約束するアイナ。
「この命に替えても!」
キャロルまでがアイナの後ろにしがみつき、同行する。
二頭の馬が坂道を下って行った。
それを見送りながら、ストーンフッドはため息をつくようにして、かぶりを振った。
「やれやれ。あんな可愛い顔をしていても、親父の血をすっかり受け継いでおるわい」
ストーンフッドに出来ることは、デイビッドたちの武運を祈ってやることぐらいだった。