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[第三十四章/− −4−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第三十四章 野望の終焉(4)


「ゴルバ兄さん!」
 そこへ到着したのはデイビッドたちであった。ダバトス同様、悪魔の斧<デビル・アックス>から、変わり果てた兄の姿だと気づいたに違いない。デイビッドは馬から降り、戦鬼ゴルバに近づいた。剣は抜かず、両手を広げた状態だ。
「もう、これ以上、戦うのはやめてください! 兄さんが殿下を殺そうと言うなら、僕が殿下をお守りします! でも、僕は兄さんと殺し合いたくはありません!」
 デイビッドは泣き出しそうな顔になっていた。醜い姿になってまで、自らの業を捨てられない兄に対して。
 だが、その兄はすでに人の心を失っていた。
「デイビッド……ヤツは……その斧に支配されている……もう、人間には戻れない……」
 ウィルは息も絶え絶えに喋った。デイビッドは力なく首を横に振る。
「そんな……」
「危ない、デイビッド様!」
 レイフの鋭い声が飛ぶ。
 戦鬼ゴルバはデイビッドに襲いかかった。凶刃が眼前に迫る。
 デイビッドが飛び退くことが出来たのは、天性の勘か、それとも奇跡か。だが、躊躇なく弟を殺そうとした兄に対し、デイビッドは何より悲しかった。
「デイビッド……」
 ウィルは顔面蒼白になりながらもデイビッドに呼びかけ、その足下に《光の短剣》を放った。そして、眼だけで「戦え」と語りかける。
 デイビッドは──つかんだ。《光の短剣》を。
 キィィィィィィィィ……ン!
 《光の短剣》はデイビッドを所有者として認めたかのように共鳴した。光があふれてくる。暖かい光が。
 その光に、戦鬼ゴルバは一瞬、ひるんだように見えた。それが邪悪を払う短剣だと察していたのか。
 デイビッドは《光の短剣》を強く握り締めた。
「セルモアの平和は……僕が守る!」
 デイビッドは戦鬼ゴルバに敢然と立ち向かっていった。
「フシュウウウッ……ウガアアアアアッ!」
 戦鬼ゴルバは咆吼のような声を上げると、デイビッドに悪魔の斧<デビル・アックス>を振るった。
 ガッ!
 双方の武器のパワーが激突する!
「うわーっ!」
 体格でははるかに劣るデイビッドが勢いよく吹き飛ばされた。
「おっと!」
 そのデイビッドをキーツが身を挺してキャッチした。勢い余って、後ろに転倒する。だが、デイビッドだけはきっちりと守った。
「キーツさん」
「オレなら大丈夫だ。──それよりも、負けるなよ、デイビッド! オレたちがついてるからな!」
 キーツはガラにもなくウインクして見せた。
「そうよ、デイビッド! 立ち上がって!」
 アイナもクロスボウで援護する。もっとも、戦鬼ゴルバに対して効果ゼロ。
「ウィルさん!」
 その間に、キャロルがウィルに駆け寄った。そして、聖魔法<ホーリー・マジック>による治癒と解毒を施す。ウィルは回復した。
「すまない」
 ウィルは礼を言うと、戦線に復帰した。壮麗の吟遊詩人が宙を舞う。
「ディノン!」
 無数のマジック・ミサイルが戦鬼ゴルバを見舞った。そのことごとくはレジストされてしまう。だが、足止めにはなった。
「デイビッド様、今です!」
 レイフの声。
 デイビッドは戦鬼ゴルバに再突撃した。
「たあああああっ!」
 《光の短剣》による、渾身の突き!
 だが、戦鬼ゴルバの黒いボディに、またしても跳ね返された。勢い余って、そのまま戦鬼ゴルバの斜め後方へ転がってしまう。
 デイビッドは相手の追い討ちに備え、すぐに体勢を立て直した。だが、その間もウィルの魔法による援護のお陰で、戦鬼ゴルバは釘付けだ。デイビッドに、ふと戦鬼ゴルバを見つめる空白が生まれる。
 戦鬼ゴルバの全身は、悪魔の斧<デビル・アックス>と同様に黒い金属のようなもので覆われていたが、その背中に別なものが生えているのを発見した。一見したところ、まるで短剣<ダガー>の柄のようだ。
 それはデイビッドの母パメラが、我が子を守ろうとゴルバの背中を刺した短剣<ダガー>であった。もちろん、デイビッドがその事実を知るはずもないが、その部分だけ、硬質の黒い皮膚が覆われていなかった。
 デイビッドは思い切って、戦鬼ゴルバの背中に飛びつき、その短剣<ダガー>を引き抜いた。
「ウガアアアアッ! ガアアアアアッ!」
 その瞬間、初めて戦鬼ゴルバの身体がよろめく。明らかなる反応があった。
「これで!」
 デイビッドは戦鬼ゴルバの刀傷めがけ、《光の短剣》を突き立てた! 今まで歯が立たなかった黒いボディに、《光の短剣》が突き刺さる!
「ギエエエエエエエッ!」
 戦鬼ゴルバは奇声のような悲鳴を上げた。身体をのけぞらせ、ガクガクと全身を振るわせる。そして、硬質の黒い皮膚がひび割れ、そこから強烈な光がこぼれた。
 デイビッドは思わず《光の短剣》から手を離し、戦鬼ゴルバの異変を見つめた。そんなデイビッドにレイフが慌てて駆け寄り、その場から引き離そうとする。
 無数の破裂音と共に、戦鬼ゴルバの黒い皮膚は剥がれ落ちていった。そこから全裸のゴルバが現れる。ゴルバはゆっくりとデイビッドの方を向いた。
「ゴルバ兄さん……」
「で、デイビッド……」
 その眼は何かを語ろうとしていた。
 だが、唇はそれきり動かなくなり、ゴルバは地面に倒れ伏した。
「ゴルバ兄さーん!」
 デイビッドは悲痛な声を上げ、兄にすがりついた。
 ゴルバは自らの野望の途中で力尽きた……。


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