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城門から街の家屋を破壊しながら、巨大な人型の石像が向かってくる。ここまで大きなものは伝説のドラゴンか──
「巨人族<ジャイアント>か!?」
誰かが絶叫する。しかし、巨人族<ジャイアント>並の大きさではあるものの、それは生きているようには見えない。まるで人形だ。表面の光沢からして、恐らくは金属製の。
サイズこそ桁違いだが、よく古代遺跡などではそれを守護するゴーレムが目撃される。ゴーレムは木や石、そして金属などから人の形に作られ、魔術師によって仮の生命を与えられた魔法創造物だ。命令を与えるコマンド・ワードさえ知っていれば、誰でも操ることができ、半永久的に命令を実行できることから、古代魔法王国時代には色々な種類のゴーレムが作られたとされる。これもその一種かも知れない。
だが、怪物の正体云々よりも、その破壊力と被害は甚大だった。圧倒的な怪力の前に、家屋は一撃で踏みにじられ、身を潜めていた街の人々は外に投げ出されてしまう。戦鬼ゴルバよりも始末に負えなかった。
「ウィルさん、あれは!?」
思わずデイビッドがウィルに尋ねた。ウィルの表情は心なしか硬い。
「“神々の遺産”に違いない」
「“神々の遺産”?」
「遙かなる昔、神々に匹敵する力を得た天空人たちが、ここセルモアの地下に残した魔導兵器だ」
「貴様、詳しいな」
「!?」
唐突に頭上から声を浴びせられ、ウィルばかりでなく、他の多くの者たちが顔を上に向けた。
“神々の遺産”と呼ばれる巨神像の肩に、一人の人間が乗り、地上で逃げまどう人々を睥睨していた。その表情には邪悪な笑みをたたえて。
「シュナイト兄さん!」
デイビッドが兄を呼んだ。そして、その隣では──
「ランバート……」
と、アイナが。
しかし、そんな二人など、今のシュナイトには眼中になかった。なぜなら、彼はすでにシュナイトでもランバートでもなく、セルモアに災いの種を蒔き、その地下に眠っていた“神々の遺産”を発掘した魔導士ジャコウなのだから。
「ただの吟遊詩人ではないと思っていたが、もしかして貴様もこいつを狙っていたか? いずれにせよ、残念だったな。“神々の遺産”はオレが手に入れた。この“神々の遺産”があれば、このセルモアもブリトンも、いやネフロン大陸全土を支配することなど造作もない! さあ、死にたくないヤツはひれ伏して命乞いをするがいい!」
ジャコウは高らかに笑った。
そんなジャコウに対して、キーツは冷ややかな視線を投げた。
「チッ! どんなご大層なことを企んでいるのかと思いきや、意外と俗っぽい目的だったな」
レイフも同意見だったが、キーツのように悠長に構えてもいられない。
「とは言え、こんな大物相手にどう戦えって言うんですか?」
「……確かに、でかすぎるな」
キーツはアゴをしゃくった。だからといって、本気で勝つ方法を考えているわけではない。取るべき手段は一つしかなかった。
「こういうのの相手を任せられるのは、一人しかいねえからな」
そう言って、キーツは美麗の吟遊詩人を振り返った。そして、さも当たり前のように、
「ウィル、頼まぁ」
と、のたまわった。
対してウィルも、
「承知した」
と、まるで買い物でも頼まれたかのように、何の気負いも悲壮感もなく引き受ける。それは誰もが予想していた答えとは言え、やはり目を剥かずにはいられない。
「ウィル殿、勝算はあるんですか?」
思わずレイフは訊いてしまった。だが、ウィルはそれに答えず、
「何とかなるだろう」
とだけ言って、一人、飄然と巨神像に向かって進み始めた。
「う、ウィル殿!?」
心配そうなレイフに、デイビッドは首を振った。
「ここはあの人に賭けましょう。それよりも、僕らは街の人たちを安全なところに避難させて、ウィルさんが心置きなく戦えるように手助けすべきです。それが僕らに出来る唯一のことでしょうから」
デイビッドの言葉に、レイフは納得したようにうなずいた。そして、迅速に指示を飛ばし、住民たちの避難を開始する。
デイビッドは街の住民をすべて避難させるまでは、自分も逃げるつもりはなかった。もし、この場に父バルバロッサがいれば、同じことをしていたに違いないと思う。危険ではあるが、それが領主の務めである。
「殿下たちも早く、城の方へお逃げください」
デイビッドはカルルマンに言い添えるのを忘れなかった。カルルマンも、いくら三千騎弱の王都軍を有しているとは言え、それでジャコウの巨神像に立ち向かえるなど思っていなかったに違いない。命令を下して、整然と軍を撤退させる。
戦鬼ゴルバとの戦闘で負傷していたダバトス将軍には、キャロルが回復魔法をかけた。
「どうぞ、殿下のお側についてあげてください」
ニッコリとキャロルに微笑みかけられ、ダバトスは思わず礼を言うのも忘れてしまった。
そこへデイビッドがやって来た。ダバトスに頭を下げてから、キャロルに話しかける。
「キャロルは殿下たちや街の人と一緒に城へ避難するんだ。出来れば、ドワーフの人たちも頼む」
「デイビッド様は?」
「僕はここで、みんなが避難を終えるまで残らないと」
「……分かりました。デイビッド様……ご無事で」
「キャロルも。死んじゃダメだよ。僕らは生き残らなくちゃいけない。生きてさえいれば、街が壊されても再建できるからね」
「はい」
デイビッドとキャロルは手を取り合って、短い間、互いを見つめ合った。
「さあ、将軍もお早く!」
二人の会話を黙って見ていたダバトスに声を掛けてから、デイビッドはレイフたちの方へ戻っていった。
ようやく我に返ったダバトスも、即座にカルルマン王子の護衛に付く。
「殿下」
だが、ダバトスには、すでにカルルマンに対して顔向けなど出来なかった。領主の城では撤退を余儀なくされ、ミスリル銀鉱山の戦いでは多くの弓兵<アーチャー>たちを人質に取られてしまっている。カルルマンの危機に馳せ参じたものの、戦鬼ゴルバの前に為す術なく、むしろウィルに助けられるようなザマだった。高潔なカルルマンがそれらすべてを許すはずがない。お前も単騎で巨人と戦えと、命令されるくらいの覚悟をしていた。
「ダバトスよ」
「はっ」
ダバトスはカルルマンの次の言葉を緊張して待った。
「こんなものが眠っていたとはな」
「は?」
意味を測りかねて、ダバトスはつい問い返していた。
「“神々の遺産”と言ったか。アレが手に入れば、僕が王国の支配を握るのも、そう遠い先の話ではない。そうだろ、ダバトス?」
「はい……」
「ここは、あの吟遊詩人の男に、何としても勝ってもらわねばな。命あっての物種だ。その上で、僕がアレを手に入れる」
カルルマンの野心は、さらに闇の度合いを深めていた。