←前頁]  [RED文庫]  [「神々の遺産」目次]  [新・読書感想文]  [次頁→

[第三十五章/−1 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第三十五章 神々の遺産(1)


「兄さん!」
 デイビッドは倒れて動かなくなった兄ゴルバに、覆い被さるようにして泣いた。
 ゴルバは父バルバロッサを殺したカタキだ。そして、まだ事実を知らされていないが、母パメラを殺したのも。それでも自ら手を下さなくてはならなかったのは、セルモアの次期領主の務めとは言え、まだ十歳の少年にはつらい決断であった。
 アイナやキーツ、キャロルを始め、レイフたち新生セルモア軍の誰もが、デイビッドの悲しみを理解して、沈痛な面持ちで見守っていた。
 だが、カルルマン王子たち王都軍にしてみれば、そのような愁嘆場など関係なかった。戦鬼ゴルバが死んだ今、次に狙うべき相手はデイビッドだ。兵士たちは思い出したように剣を構え直した。
 それに新生セルモア軍も反応する。数の上では圧倒的に不利で、ほとんど取り囲まれたような状況だ。
 両軍は再び一触即発の事態に陥った。
「待て」
 それを制止したのはカルルマンだった。兵士たちよりも前に進み出る。
 そんな王子に対し、デイビッドも涙を拭って立ち上がった。彼には、まだやらねばならないことがある。
「貴公がバルバロッサの後継者か?」
「はい。デイビッドと申します。殿下には初めてお目にかかります」
 デイビッドは右拳を胸に当て、膝を屈する。臣下の礼だ。
 まさかデイビッドがそこまでのことをすると思っていなかった新生セルモア軍の多くが、一瞬、気色ばんだが、レイフに制されて、大事には至らなかった。彼らの中には徹底抗戦を望む者が多いのだろう。何しろ、元はノルノイ砦に左遷させられた、いわば鼻つまみ者たち。今さらブリトン王国に忠誠を誓うつもりはないに違いない。むしろ、デイビッドを盛り立てて、王国の打倒、もしくは独立を夢見て、傘下に加わったのだろう。
 だが、デイビッドは新たに味方となってくれた者たちのためにも、自分の考えをここで示しておく必要があった。もちろん、王国の代表であるカルルマンに対しても。
「この度は身内同士によるいざこざに、殿下のお手を患わせてしまい、誠に申し訳ございません。只今、私の手によって逆賊、兄ゴルバを仕留めました。これからは父が成し遂げてきたように、セルモアの内政に尽力していくつもりです。殿下には改めて謝罪に参りたいと思います」
 一端の口上を黙って聞いていたカルルマンだが、その眼は怜悧なほどに鋭かった。
「内政に尽力するだと? 誰がいつ、そのようなことを認めた? 貴公にそのような権限はないぞ。領主バルバロッサが殺されたのは、王国への反逆も同じ! しかも、争乱を収めに来た余の軍に対して、再三、剣を向けるとは言語道断! それはゴルバだけではない! 貴公も同じであろう! それでも貴公は何事もなかったかのように領主の座を受け継ぎ、このセルモアを統治するつもりでいるのか!?」
 カルルマンの言い分は正しかった。だが、それは自らの利益を見据えてのものであることも間違いない。
 デイビッドにはカルルマンの狙いが読みとれていた。
「では、殿下。こちらからお尋ねしますが、この件はダラス二世陛下もご承知なのでしょうか?」
「何?」
 カルルマンのこめかみが痙攣したように引きつった。父ダラス二世とは犬猿の仲である。それを話題にするだけで耐えられなかった。
「陛下は一年も前からご病気で、大寺院で加療中だと伝え聞いております。そして、陛下には父バルバロッサの後継として私が認められているはずでございます。それを陛下の了解なく、殿下の一存で私を後継者から外すのはいかがなものでしょうか」
 これはカルルマンにとって痛いところだった。
「貴様! 僕を誰だと思っている! 第一王子にして、第一継承権を持つカルルマンだぞ!」
 カルルマンは顔を真っ赤にして怒鳴った。激情家であることは民衆や兵たちにも知られているが、いつも皮肉屋の態度だけは崩さないだけに、珍しいと言える。それだけに父ダラス二世の話題はタブーだった。
「恐れながら殿下、陛下はまだご健在であられます。その陛下を差し置いて、地方領主の人事にまで口を挟むと言うことになれば、これこそ由々しき問題ではないでしょうか!?」
「くっ! 貴様ぁ! 子供だと思って甘い顔をしていれば図に乗りおって! この僕をそんなに敵に回したいのか!」
 ブリトン王国の第一王子と対等に渡り合おうとするデイビッドに対して、カルルマンは一喝した。だが、心の奥底では、将来、味方となれば頼もしく、敵になれば厄介な存在になると、その力を認めている自分がいる。このままデイビッドを処断してしまうことにためらいを覚えた。どちらへ転ぼうとも、成長したデイビッドに対してみたいという欲求が、カルルマンの内心に芽生えていた。
 だが、その思考は中断された。地響きのようなものが聞こえてきたからだ。
 ドシーン……ドシーン……ドシーン……
 それはカルルマンの他、誰もが聞き取っていた。特に聴覚に秀でるアイナは、その方向までも察知する。
「湖の方から!?」
 アイナの言葉に、敵も味方もなく、全員が《取り残された湖》──ラ・ソラディアータ湖の方を向いた。それはつまり、街の入口となる城門がある方角──
 ドーーーーーン!
 突然、大きな崩壊音がして、大地が揺れた。異変を感じ取った馬たちが暴れ始める。それをなだめようと、皆、慌てふためいた。
「一体、何が!?」
「お、おい、見ろ!」
「!」
「あ、あれは!?」
「化け物だ!」
 新生セルモア軍も王都軍も、新たな怪物の出現に驚愕の叫びをあげた。


<次頁へ>


←前頁]  [RED文庫]  [「神々の遺産」目次]  [新・読書感想文]  [次頁→