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[第三十五章/− −4−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第三十五章 神々の遺産(4)


「やれ!」
 ジャコウは巨神像に命じ、自らは別の屋根に移った。
「ランバート!」
 アイナはなおも追いかけようとする。
 そこへ巨神像の一撃が襲った。巨大な拳が、今までジャコウがいた家を叩き壊す。家は雪崩のようにアイナに覆い被さってきた。
「キャーッ!」
 思わず、頭を抱えるアイナ。それをさらに守ろうとする大きな影があった。
「バカ野郎! 何度言ったら分かるんだ!」
 キーツはアイナを怒鳴りつけながらも、身を挺して降り注ぐ瓦礫から守った。シュナイトに対するアイナの挙動を事前に知っていたので、目を離さないようにしていたのだ。だが、倒壊する家の前に、たちまち二人の姿が見えなくなってしまう。
「アイナさん! キーツさん!」
 その様子はデイビッドたちも目撃していた。慌てて、二人の元へ駆けつけようとする。
 巨神像の次の狙いは、そのデイビッドたちであった。踏み潰そうと片足を踏み出す。
「させん! ガディア!」
 ウィルは巨神像の動きを封じるべく、その足下を陥没させた。巨神像はバランスを崩し、そのまま右へ倒れ込む。
 ドドーン!
 巨大な体が倒れた拍子に、激しい地震のような地響きがセルモアの街を揺るがした。空中にいるウィルはともかく、足場の悪い地上を進んでいたデイビッドたちはたまったものではない。その場で転倒した。
 強烈な地響きは、街の建物にも大きく影響した。すでに巨神像の侵攻により、土台からガタがきていた家屋などは、それをきっかけに倒壊にまで及ぶ。たまたまジャコウが屋根に登っていた家も崩壊した。今度は瞬間移動の呪文が間に合わず、吸い込まれるように瓦礫の山へと落ちてしまう。
 その隙にウィルは巨神像への攻撃を再開した。ジャコウの命令が届かぬ、今がチャンスだ。
「ヴィド・ブライム! エスラーダ・グレイス! ヴィド・ブライム! エスラーダ・グレイス! ……」
 ウィルはありったけの攻撃魔法を巨神像の頭部に叩き込んだ。それを一通り終えると、今度は《光の短剣》による突撃を繰り返す。ウィルの攻撃は苛烈さを増した。
 デイビッドたちは、ようやくアイナたちが生き埋めになった所に到達した。
「早く救助を!」
 デイビッドたちはレイフたちに指示を下し、自らもその手で瓦礫を除き始めた。レイフたち新生セルモア軍も、総動員でアイナとキーツの発見に全力を尽くす。
「いたぞ!」
 一人の兵士が声を上げた。土と瓦礫の中から人間の背中らしき部分が現れる。その大きさにキーツの背中だと、デイビッドは直感した。
「急いで、慎重に!」
 まだ巨神像が起きあがらない様子を窺いながら、レイフはせかした。
 ようやくキーツの身体が掘り出された。その図体にくるまれるようにしてアイナもいる。
「キーツさん! アイナさん!」
 デイビッドは二人を呼びかけてみた。しかし、キーツからは反応がない。アイナは弱々しく手を振って見せた。どうやらキーツが守ってくれたお陰で、アイナの方がダメージを受けなかったようだ。
「キーツさん、キーツさん!」
 心配なのはキーツだった。いくら呼んでも返事がない。心臓は動いているが、ただ気絶しているだけのか、それともどこか負傷しているのか。デイビッドたちでは分からない。聖魔法<ホーリー・マジック>が使えるキャロルには、先に避難してもらっているせいで、キーツの具合を診てもらうわけにもいかない。
 とにかく、この場にジッとしていても始まらなかった。まだ、ウィルと巨神像の戦いは続いているのだ。その余波が及ばないとも限らない。デイビッドたちは二人を安全なところまで運ぶことにした。
「おのれ、吟遊詩人め!」
 アイナやキーツ同様、生き埋めにされるところだったジャコウは自力で這い出した。そこでウィルの苛烈な連続攻撃を目撃することとなる。
 ウィルの《光の短剣》による突撃は、ゆうに百を越えていたことだろう。最初は巨神像に対して傷一つつけられなかったが、今では確実に効果を表しつつある。ウィルの一点攻撃によって、ダメージが蓄積されてきたのだ。さらに高熱魔法と冷却魔法を交互に浴びせることによって、さすがのミスリル銀もその強度を失いつつあった。
「これで最後だ」
 ウィルは巨体を起こそうとしている巨神像にそう宣言して、最後の突撃を敢行した。そのスピードは音速か、それ以上に達したのはあるまいか。ウィルの身体は人間の形よりも、《光の短剣》を鏃<やじり>にした一本の矢となり、巨神像の額に突き刺さった。
 バキーン!
 光の矢は巨神像の頭部を貫通した。一時遅れて、ミスリル銀の破片が降り注ぐ。
 巨神像はその衝撃で、今度は背面から地面に激突した。再び大地が大きく揺らぐ。だが、巨神像はもう二度と立ち上がることはなかった。
 静寂が訪れた。
 ただ半壊したセルモアの街を風が吹き抜ける。
 今まで耳を苛んできた音という音が消失してしまったかのようだ。
 領主の城へ向かって逃げていた街の者や王都軍も、それを感じていた。山道から眺める街は無惨に破壊し尽くされていたが、街の者たちから悲嘆にくれるすすり泣きはもれていない。皆、固唾を呑んで、事態の行く末を見守っていた。
 建物の倒壊などでもうもうたる煙が立ちこめていた街が、にわかに晴れてきた。そこでようやく詳しい様子を見ることが出来るようになる。
 そこで見たものは──
 頭を砕かれた巨神像が街の中心部で倒れていた。
 次の瞬間、言葉の意味さえも分からぬ歓声が沸き上がった。セルモア最大の脅威は去ったのだ。逃げる途中だった人々は、セルモアも王都軍も関係なく喜び合った。
「本当に倒すとはな……」
 カルルマンは半ば呆れ気味に呟いた。それはダバトスとて同じ思いである。巨神像を相手にするよりも、たった一人の吟遊詩人を敵に回した方が恐ろしいとは。
 それをまざまざと見せつけられたのは、近くにいたデイビッドたちである。
 死力を尽くして戦った吟遊詩人が、倒壊を免れた家の屋根に降り立つのを声もなく眺めた。それは黒き翼を休める鳥のようにも見える。
「やってくれたな……」
 世界征服を企むジャコウの野望は、その第一歩からとん挫させられた。一人の吟遊詩人によって。その吟遊詩人を睨みつける眼は憎悪に燃えていた。
「だが、“神々の遺産”はこんなものではないぞ! どうやら、その全貌を見せねばならぬようだな! そして、絶望と後悔をとくと味わうがいい!」
 ジャコウはそう言って、右手を差し上げた。何かの合図だったのか。
 次の刹那、《取り残された湖》──ラ・ソラディアータ湖に変化が起きた。街の建物がほとんど倒壊してしまったために、普段は見られない位置からも、湖の様子が窺える。
 静かな湖面が激しく波打った。そして、水の中から巨大なものが出現しようとする。
「まさか!?」
 デイビッドは身構えた。“神々の遺産”が天空人の残した魔導兵器であるなら、巨神像を一体だけ隠すなどと言うことがあるだろうか。
 その想像通り、今、ウィルが倒したばかりの巨神像がもう一体現れた。そればかりではない。二体、三体とその数を増やしていく。
「“神々の遺産”は全部で百体! お前はその一体を倒したにすぎん! さあ、残りの九十九体を相手に戦うことが出来るかな?」
 ジャコウは狂ったように笑い声をあげた。
 ウィルは徐々に出現する巨神像の大軍に、凄絶でありながら麗しき表情を向けた。


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