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カルルマン率いる王都軍は、セルモアを離れ、帰途を急いでいた。戦いに次ぐ戦いで、休む暇もなく、誰しも疲労はピークに達していたが、気性の激しい王子の命令には逆らえない。人馬ともに黙々と歩んでいた。
馬上のカルルマンも、その表情は険しかった。本音を言えば、今すぐにでも自分だけ、王都へ急ぎたいくらいだ。だが、単身の帰還は、危険を伴う可能性も考えられ、カルルマンは自重していた。
そんなカルルマン王子の焦りを見て取って、ダバトスは声を掛けるタイミングを計りかねていたが、ようやく意を決したように、そばへ近づいた。
「殿下。あの報せ、真でありましょうか?」
ダバトスの言う報せは、ウィルとジャコウの決着がつき、王都軍が破壊し尽くされたセルモアの街へ戻ってきた時点でもたらされた。それは王都からの早馬であり、簡潔な内容の火急の報せであった。
国王ダラス二世の崩御。
それはカルルマンを震撼させるに充分な密書であった。
国王崩御の事態に、第一王位継承者であるカルルマンが不在となれば、その政権を狙って、何らかの陰謀が張り巡らされることも有り得る。例えば、大寺院の大僧正などだ。王都にカルルマンの政敵は多く、いつ謀反が起こるやも知れない。このタイミングで王都から離れていたことは、カルルマンにとって痛かった。むしろ、この時期を狙ってのことという、最悪の見方もできる。
一刻も早く王都へ帰還する必要があった。
だが、一方でカルルマンは、もう一つの可能性を考えていた。
それは国王崩御の報せが偽物ではないかというものだ。そして、それを仕掛けたのはデイビッドか、その近くに仕える者たち。
短い時間ではあったが、デイビッドと話した限り、セルモア側に王国と事を構えるつもりはないらしい。それはやはりゴルバの反乱によって、セルモアの統治に揺らぎが生じ、街の外のことまで対応しきれないというところだろう。それに街の繁栄を考えるのであれば、王国を敵に回すことは賢明ではない。そこでカルルマンが自発的に軍を退くよう仕組んだのではあるまいか。王都からの密書など、魔法でいくらでも偽造できるはずだ。
その考えがありながら、カルルマンが王都への帰還を即決したのにはワケがある。一つは、密書が本物であれば、ぐずぐずしている暇はないと言うこと。そして、もう一つの理由は、さしあたってセルモアをデイビッドに委ねても差し支えないという判断からだ。
元々、ゴルバの反乱を鎮めるためという大義名分はあったが、カルルマンの真の目的はセルモアの掌握である。それはミスリル銀鉱山という資源とブリトン国内でも一番大きな交易都市としての財力を手にするためだ。しかし、そのセルモアはジャコウが復活させた“神々の遺産”によって、深刻な損害を被ってしまった。復興は可能だろうが、時間がかかる。ならば、カルルマンが街を再建するよりも、デイビッドに任せ、元通りになってから改めて奪いに来た方が効率的だ。他人を巧く利用することも、カルルマンは長けていた。
「報せが本物であろうと偽物であろうと、僕はきっと、あのセルモアに戻ることになるだろう。そのとき、あのデイビッドがどれほどまでに成長し、僕の前に立ち塞がるか楽しみだ。なあ、ダバトス」
カルルマンはようやく、いつもの邪な笑みを取り戻した。ダバトスは一瞬、当惑した表情を見せたが、すぐに慇懃な態度で礼をし、後ろに下がる。
きっとカルルマンは好敵手を捜しているに違いない。そして、あの少年がいずれ、その器になれると感じているのだ。ダバトスも、そんな両雄が激突する近い将来を夢想すると、心が躍る気がしてきた。
王都帰還後、カルルマンは密書が偽物だったと知ることになる。ダラス二世は昏睡状態のままではあるが、今も大寺院で治療が施されている。
カルルマン王子をはめたのは、レイフのアイデアだった。ウィルに協力してもらって、偽の密書を携えた伝令係に変装し、王都軍の撤退を演出したのだ。
この後、カルルマンはしばらくの間、セルモア攻略を自重するのだった。まるで街の復興とデイビッドの成長を待つかのように。