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[終章/− −3 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

終  章(3)


 多くの墓標が並んでいた。
 魔銀の墓場。
 このセルモアで死んでいった者たちの墓地である。かつては鉱山夫たちが眠りについた場所であるが、今は街で商売を営む者たちも分け隔てない。
 今回の戦闘で、多くの犠牲者が出た。街の者たちばかりではない。ノルノイ砦の騎士団も、王都軍の兵士たちも中にはいる。そういった彼らの亡骸も集められ、丁重に埋葬された。
 その片隅にアイナはいた。シュナイトの墓標の前に座り込むようにして。その隣にはゴルバやカシオス、ソロの墓もあり、兄弟が揃って並んでいた。
 自分の放ったクロスボウの矢がシュナイトの背中に突き刺さるという悲劇から二日、アイナは片時もこの墓標の前から離れようとしなかった。今もときどき嗚咽が堪えきれない。やっと会えた相手と、すぐに永遠の別れとなってしまうとは。悔やんでも悔やみきれないアイナだ。
 そんなアイナの元へ、カゴいっぱいの花を持ったキャロルがやって来た。風が金髪をかき乱し、持ってきた花を吹き散らそうとする。キャロルは髪を片手で押さえながら、アイナの傍らに立った。
「ここにいらっしゃいましたか。もう今頃、ウィルさんは旅立たれたことでしょう」
 そう言ってキャロルは、ここから見ることが出来た、かつての湖跡を眺めた。セルモアへ至る道も去る道も、湖岸に沿った一本しかない。とは言え、ウィルの姿を見つけるには、ここからでは遠すぎた。もちろん、キャロルはすでにウィルと別れを済ましてある。だが、アイナは一昨日からウィルとまともに会話を交わしていなかった。
 アイナは黙ったまま、身じろぎすらしなかった。
 キャロルもそれ以上は何も言わず、近くに作られたグラハム神父の墓に新しい花を供えた。そして、祈りを捧げる。キャロルにとっては父親同然だったグラハム神父も、この戦いで命を失っていた。
 アイナはチラリと、キャロルの方を窺った。アイナは知っている。グラハムがキャロルの実の父親を殺した男であることを。同じく秘密を知っているキーツともども、まだキャロルに真実を告げてはいないが、それを知ったら、キャロルはどう思うだろう。父親の仇と知りながら、それでも墓に花を供えられるだろうか。
 キャロルはグラハムへの祈りが終わると、一つ一つの墓に花を供え始めた。聖魔法<ホーリー・マジック>に目覚めたキャロルは、おそらくグラハムの後を継いで、街に教会を再建するだろう。神への信仰心が薄い街ではあるが、グラハムよりはうまく教会を発展させていけるはずだ。彼女はそんな自分の役割を心得ているのか、街のシスターらしく、眠れる魂を慰めていった。
「どうぞ」
 キャロルはアイナに花を差し出した。シュナイトの墓に供えよと言うのだ。アイナは黙って花を受け取り、墓に供えた。それを見て、キャロルが祈りの言葉を捧げる。
「どうぞ、シュナイト様の御霊<みたま>が安らかに眠れますように」
「ランバートよ……」
「え?」
 不意にアイナに言われ、キャロルは問い返した。アイナは繰り返す。
「ランバートよ。私にとっては他の誰でもないわ」
 キャロルはうなずいた。
「分かりました。では、ランバート様の御霊<みたま>が安らかに眠れますように」
 キャロルの祈りの言葉に合わせて、アイナも祈りを捧げた。
 そのとき、風が旋律を運んできた。美しく、それでいて悲しげな音色。それは魔銀の墓場にふさわしい気がした。
 旋律に続き、歌声も聞こえてきた。天使のごとき歌声。その歌声の主が誰であるか、アイナもキャロルも容易に察しがついた。
 しかし、その姿はどこにもない。そう、ウィルはセルモアを去ったはずなのだ。だが、不思議にも歌声と《銀の竪琴》だけが風に乗って、アイナたちの元へと届く……。


       愛しいあなたよ
       さよならも告げずに
       なぜ去ってしまったのか
       心の中で繰り返す
       一言でいいから 何か言って
       一言でいいから さよならを


       取り残された私は あなたを忘れればいいのかしら
       でも どうやって?
       別れの言葉もなく 二人は終われない
       新しい一歩を 私は始められない
       想い出が繰り返す
       楽しかった二人の日々 二人の時間 二人の笑顔
       小さな世界に閉じ込められた私を
       あなたが救ってくれると信じていた
       孤独なあなたを 私が救えると信じていた
       お互いは無二の存在だと
       それなのに あなたは……


       真実を知りたい あなたの言葉で
       聞くことにためらいはない
       たとえ残酷な言葉でも
       たった一言のさよならでも
       そこに真実があるなら
       二人を終わらせてほしい
       そして 私を終わらせて
       愛しいあなたよ
       私の元から去った あなたよ




 その歌声を聞いて、アイナは涙が止まらなかった。まるで自分のことが詩<うた>になっているようだった。
 アイナはランバートの最期を思い出していた。


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