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吟遊詩人ウィル・神々の遺産

終  章(4)


「あ、アイナ……」
 アイナに抱き起こされたシュナイトは、名前を呼ぶと、アイナの頬に手を伸ばした。懐かしいランバートの手。アイナはその手を自らの涙が濡らすのを止めることが出来なかった。
「ランバート……あなたなのね?」
 魔導士ジャコウに支配されたシュナイトは、その狂気をすっかりと失い、自身を取り戻していた。どうやらシュナイトの中にいたジャコウは消滅してしまったらしい。しかし、シュナイトの背にはクロスボウの矢が突き刺さり、おびただしい出血のせいで、顔は見る見るうちに蒼白になっていく。この場にキャロルがいれば、聖魔法<ホーリー・マジック>で治療できたであろうが、それも叶わない。シュナイトの命の灯火は消えかかっていた。
 それでもシュナイトは、最後にアイナと再会できて、嬉しそうだった。弱々しい笑みをアイナに向ける。アイナも泣き笑いでくちゃくちゃになった顔を見せた。
「アイナ……キミには一言……言わなくちゃいけないと、思って……いたんだ……」
「ランバート、あまり喋っちゃダメよ! 静かにしていて!」
「いや……いいんだ……これが……最後になるんだから……」
「そんな……イヤよ! せっかく、ランバートに会いに来たのに、また別れるなんて……それも永遠の別れになるなんて、イヤよ!」
「アイナ……アイナ……聞いてくれ……私が自分のことをあまり話さなかったのは……キミに私の呪われた肉体のことを知られたくなかったからだ……」
「そんな……私は気にしないわ!」
 アイナの言葉に、シュナイトは笑った。
「キミなら、そう言うと思っていたよ……でも、私には耐えられない……キミに私のことを知られるのが怖かった……」
「ランバート……」
「だから、キミと最後になってしまった、あの翌日に……私は村を去るつもりだった……私はそうやって、いつも逃げてきたんだ……自分の故郷からもね……」
 アイナは強く首を横に振った。
「でも、その前に……私の肉体を支配していた、あの魔導士と会ってしまって……」
 シュナイトは大きく咳き込んだ。その口から大量の血が吐き出される。アイナは何もしてやれず、ただシュナイトをより強く抱きしめた。
「キミにはちゃんと別れを言っておきたかった……私のことなんか、早く忘れるように……」
「イヤよ! 忘れないわ! 私はランバートのこと、忘れない!」
「い、いや……忘れてくれ……私なんか、キミの好意を受け入れる資格はないんだ……キミには、新しい人生が残されているんだよ……」
「ランバート……私があなたに出会わなかったら、あなたを追いかけて、村を出るなんてことはしなかったわ。あなたから色々と聞かせてもらった外の世界は、本当に素晴らしい。その機会を私に与えてくれたのは、ランバート、あなたよ!」
「そ、そんなことはない……。キミなら、いずれ村を出ていたさ。キミをよく知っている私が言うんだ、間違いない……」
「………」
「アイナ……」
「なに?」
「もうキミの顔が見えなくなってしまった……」
「!」
「お別れだよ、アイナ……短い間だったけど、キミと出会えて良かった……ありがとう……」
「ランバート、行かないで……お願いよ、ランバート!」
「さよう……なら……アイ……」
 がくんとシュナイトの首が落ちた。アイナの頬を撫でていた手も地面に叩きつけられる。シュナイトはアイナの腕の中で静かに息を引き取った。
「ランバート!」
 アイナの絶叫は、セルモアの廃墟に虚しく響いた……。



 アイナはランバートの最期を思い出すと、また涙が止まらなくなってしまったが、ようやく立ち上がった。そして、セルモアの街の方を見下ろす。ランバートの故郷である街を。その街の方角から吹きつける風が頬に当たり、涙を乾かしてくれるようだ。まだ、ウィルの演奏が耳に残っていた。
「最後にランバートと会わせてくれたのは、ウィルのお陰かもね……」
 そう言って、アイナは笑顔を作ろうとした。
 風に乗った悲恋の詩<うた>は、セルモアの人々にも届いた。それは、この争乱で亡くした肉親や親しい友人を思い出させる。もちろん、悲しみは尽きない。だが、想い出の中の大切な人たちは、皆、笑顔だった。そんな笑顔に応えるように、残された人たちの顔にも笑顔が戻ってくる。
 魔銀の墓場に供えられた花をウィルの歌声を乗せた風が舞い上げた。空高く、高く、高く。
 詩<うた>は人々に生きる力を与えた。


<Fin>

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