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旅立ちにはすがすがしい天気であった。
だが、周囲の状況は、そんな天気と裏腹に、荒れ果てたものになっていた。
街は瓦礫と化している。ジャコウが甦らせた“神々の遺産”であるミスリル銀製の巨大ゴーレム巨神像のせいだ。街の人々はどこから手を着けていいか途方に暮れた感じであったが、ただ眺めているわけにもいかない。各々、家や店だった場所を掘り起こして、まだ使える家財道具などを引っぱり出していた。いつの間にか汗だくになって作業していると、痛ましい惨事も忘れてしまっている。とにかく、街を元通りにしなくてはならない。人々の動きは、次第に活発なものになっていった。
その街の外も破壊の痕跡が生々しく残っていた。まず緑がない。土が剥き出しになっている。まさに焦土だ。そして、セルモアのシンボルとも言うべきラ・ソラディアータ湖も消滅してしまっており、まるで死の世界さながらの荒野となっていた。これもウィルが“神々の遺産”を一撃で駆逐した魔法メテオ・ストライクの凄まじい威力のせいで、お陰でセルモアが救われたとは言え、大きな痛手には違いない。
そのウィルは城門の痕跡をすでにとどめていないセルモアの街の入口で、見送りに集まった者たちを振り返った。最後の激闘から二日後のことである。
「行ってしまわれるのですね」
少し淋しそうにデイビッドが言った。思えば、助けてくれた誰よりも、ウィルを頼っていた。この吟遊詩人に全幅の信頼を寄せていた。美しき魔人は、敵をことごとく打ち破ってくれた。だから、その彼が去ってしまうことは、デイビッドを不安にさせる。
しかし、引き止めることもできなかった。ウィルは諸国を旅する吟遊詩人だ。一つの街に留まって暮らす男ではない。そして、彼の持つ力は、きっとまたどこかで必要とされることだろう。そう考えると、デイビッドはウィルを見送るしかなかった。
「達者でな」
デイビッドの隣に立つキーツが右手を差し出した。最後の戦いでアイナをかばい、重傷を負ったキーツだが、キャロルの聖魔法<ホーリー・マジック>によって完治していた。その背中にはマインの段平を背負っている。
ウィルは黙ったままキーツの手を握った。女性と間違いそうな華奢な手だが、キーツの握力にも負けない。キーツは白い歯をこぼした。
「アイツのことなら心配するなよ」
キーツの言うアイツとは、この場にいないアイナのことだ。最後の戦いで最愛の人を亡くしたアイナはショックに打ちひしがれていた。
「オレもこの街が落ち着いたら、故郷のテコムの村へ帰るつもりだ。そのときはアイツも連れて行く。つらい思いをしたここに留まるよりはいいだろう。なあに、ウチには賑やかな弟や妹たちがいるからな。そいつらと一緒に暮らせば、すぐにつらいことも忘れるさ。お前も気にするな」
そこでキーツはふと真顔になった。そして、しっかりとウィルの目を見据える。
「お前の選択は正しかった。ヤツは倒さなくちゃならなかったんだ。アイツと何があったかは知らねえがな。もし、生かしておいたとしても、あの王子様が許さなかっただろうよ」
キーツの言う通り、“神々の遺産”をもって反逆したシュナイトが生きていれば、カルルマン王子は許しはしなかっただろう。悪ければ、兄シュナイトの罪を初め、ゴルバの反乱などの責任を取らされ、デイビッドも処罰されていた可能性だってある。
幸い、デイビッドは無事でいられた。それもカルルマンが、それどころではない状況になったからなのだが──
「とにかく、後のことは我々に任せてください。きっと街を復興させてみせます」
レイフが力強く言った。
半分以上、破壊された街を再建するのは大変な作業ではあるが、それを成し遂げるだけの財は蓄えてある。それにミスリル銀鉱山のドワーフたちも、採掘作業を取りやめて、復興に助力してくれていた。ストーンフッドなどは、今も見送りを控えて、陣頭指揮を執っている。バルバロッサが築き上げてきたものは、ほとんど失ってしまったが、これからは若いデイビッドが統治していくのだ。そう言う意味ではゼロからのスタートとして、新たな街作りにも希望が膨らんだ。
「そのときはまた、このセルモアに来てください」
デイビッドは明るい表情を作って、ウィルに言った。ウィルがうなずく。
「そうさせてもらおう」
ウィルはこれまでにない微笑みをデイビッドたちに向けた。