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[第三章/− −2 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第三章 悪党神父(2)


「ここが街の教会?」
「なんだか、ずいぶんと寂れているな」
 アイナとキーツがいぶかるのも無理はなかった。その教会は、セルモアのような大きな街に建っているにも関わらず、小さな一軒家と見間違いそうな佇まいで、ところどころを補修した跡が目立ち、粗末この上ない。だが、屋根には教会を示す十字架が掲げられ、途中、場所を尋ねた人の話でも、この一軒しか教会はないと言うのだから間違いないだろうと思われた。
 アイナは不安げに美麗の吟遊詩人を見やった。このウィルという男、無口だが何かと助けてくれる。デイビッドを連れ去ろうとしたセルモアの兵たちを追い払い、街の入口も難なく通してくれた。こちらが助けてくれと請うたわけではないし、キーツのように下心見え見えで近づいてきたわけでもなさそうだ。とにかく理由も聞かずに助けてくれる。アイナにとって、これほど心強い味方はなかった。
 だが、今、デイビッドを救えることが出来るのは教会の神父だ。とにかく身体が冷え切って衰弱しているデイビッドに、聖魔法をかけてもらうことが先決である。デイビッドは未だに意識を取り戻していない。キーツがデイビッドの身体を毛布でくるんで抱えていても、冷たさが腕に伝わってくるかのようだ。
 アイナは思い切って、小さな教会と思われる小屋の扉を叩いた。
「すみません、神父様はご在宅でしょうか?」
 すると中でバタバタッと足音がして、扉が開かれた。
「はい?」
 顔を出したのは、まだ幼さの残る少女だった。まだ十歳くらいだろうか。癖っ毛の金髪をくりくりと伸ばし、鼻の辺りにはそばかすが目立つが、紺碧の瞳を大きく見開いたその表情はとても愛らしい。アイナを始め、見知らぬ大人たちを前にしても怯えることなく、逆に好奇の目をきらきらさせていた。
「どちら様ですか?」
「私たちは旅の者なんですけど、神父様はおられますか?」
 子供の割には丁寧な応対だったので、自然にアイナの口調も改まった。
「すみません。あいにく、外出しております」
 少女の言葉に一行は落胆した。だが、それで諦めるわけにはいかない。
「とにかく中に入れていただけませんか? この子を休ませたいのです」
 アイナの陰になっていた後ろの人物を覗き込むような仕草を少女が見せた。キーツが毛布にくるんだデイビッドを差し出すように見せる。それを見て少女が口許を覆った。
「大変! とにかく中へ」
 少女に促され、アイナたちは入口をくぐった。
 中はやはり小さくても教会になっており、詰め込めば二十人くらいが座れる座席と大きな十字架があった。室内の照明となるろうそくは昼間と言うこともあって灯されていなかったが、小さな窓と所々ほころびた壁穴からこぼれる日の光で、充分に中を見通すことが出来る。一歩踏み出すたびに床が軋みを上げた。
 少女の案内で、アイナたちは中央の通路を通り、正面に掲げられた十字架の裏手に回った。そこには地下へと通じる穴がぽっかりと開いており、少女は慣れた身のこなしで梯子を下っていく。キーツがデイビッドを抱えて降りるには穴は狭く、梯子も急だったので、まずデイビッドをアイナに任せ、キーツが先に降りた。そして、下で待ち受けるキーツに、アイナが気をつけながらデイビッドを渡す。その間、ウィルは黙ったまま手も貸さなかった。
 教会の地下は居住空間となっていた。イスやテーブル、台所などが一つのスペースにまとめられている。広さだけなら、上の礼拝堂よりもあるだろう。ただ、天井は低く、背の高いキーツが真っ直ぐに立つとすれすれだった。
「こちらのベッドに」
 少女は片隅に置かれたベッドの布団をどけると、デイビッドをそこへ寝かせるように促した。アイナとキーツが二人がかりでデイビッドの身体を横たえる。くるんでいた毛布はそのままにしておき、その上から少女が布団を掛けてやった。
「あとは部屋を温かくしましょう」
 少女は機敏に動くと、台所の暖炉で火を起こし始めた。子供にしては慣れた手際である。余程、家事手伝いをこなしていなければ、こう鮮やかにはいかない。アイナもキーツも感心しきりだ。
「大したものね」
「え?」
 少女はアイナの言葉の意味が分からず、大きな瞳をぱちくりさせた。
「いや、あまりにもてきぱきこなすものだから」
「そうですか? いつも神父様の身の回りのお世話をさせてもらっているだけなんですけど」
 少女はようやく年頃にふさわしく、はにかんだ表情を見せた。
「そう言えば、その神父様はどうしたの?」
 アイナは思い出したように尋ねた。途端に、少女が口ごもる。
「あのー、それは……」
 アイナはふと柔らかな笑みを見せながら、少女と目線の高さを合わせるようにしゃがんだ。
「私たち、あの子を助けたいの。それには神父様の力が必要なのよ。お願い」
 アイナの頼みに、少女も黙っているわけにはいかなかった。
「神父様は、きっと酒場に……」
「酒場? この真っ昼間から?」
 少女はコクンとうなずいた。少し恥ずかしげだ。
 神に仕えるべき人間が昼間から酒場に通っているとは世も末である。アイナはなんとなく、みすぼらしい教会の外観の理由が分かった気がした。
 だが、例え飲兵衛の神父でも連れ戻してこなくてはならないだろう。温かいベッドが用意できたとは言え、デイビッドを助けるには、まだ不十分と言えた。
「キーツ、行くわよ」
 アイナは自称腕利きの傭兵を促した。するとキーツは、露骨にイヤな顔を作る。
「勘弁してくれ。こっちはそのガキをここまで運んでクタクタだ」
 キーツはこれ見よがしに肩をぐるぐると回した。湖の岸からここまで、いくら子供とは言え一人の人間を運んできたのだから、無理からぬことである。途中で音を上げていてもおかしくないところだ。
 アイナは腰に手を当てて、深いため息をついた。
「しょうがないわねえ。じゃあ、ウィル。一緒に来てくれない?」
 吟遊詩人は無言のままうなずいた。


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