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吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第三章 悪党神父(1)


 間者の始末を弟のソロに任せたゴルバとカシオスは、執務室にこもったまま、最上級のブドウ酒を傾けていた。どれも父バルバロッサが秘蔵していたものである。バルバロッサは酒豪であったが、最上級のものを息子に分け与えることはしなかった。もっともデイビッドが成人すれば、話は別であったろうが。
「ところで兄者、国を乗っ取るのは構わないが、まずはこのセルモアを掌握しなくてはならないな」
 ブドウ酒を飲んでも青白い顔に変化の表れないカシオスが、豪快に飲み干している兄ゴルバに言った。ゴルバもうなずく。
「ああ。それにはミスリル銀鉱山を押さえなくてはな」
「それにはドワーフたちを黙らさなくてはならないか」
「少し骨が折れそうだ」
 味わうと言うよりは流し込むと言った方が正しいほど、ゴルバのピッチは速かった。
 ドワーフは山や森に棲む亜人種<デミ・ヒューマノイド>で、元々は妖精界の住人だったと言われている。それが地上界にとどまるうちに人間と同じように暮らし始め、妖精界に戻る術を失ったらしい。人間と同じ様な知性を持ち、身長はその約半分くらい。その割にはガッチリとした体格がほとんどで、男はヒゲを長く伸ばすことを慣習としている。その見かけからはとても想像できないのだが、手先は人間以上に器用で、道具の製造から装飾の細工まで見事にこなす。また一方では、鉱脈を掘り進む能力にも長け、このセルモアのミスリル銀鉱山にも多くのドワーフたちが働いていた。
 彼らドワーフの存在なくして、セルモアの街の繁栄はあり得なかった。だから、バルバロッサはこれまでドワーフたちとは対等な立場で関係を築いてきた。今のままでも街は潤っているが、これから戦争を仕掛けるとなれば、もっと多くの潤沢な資金が必要となってくる。ドワーフとの交渉が急務であった。
 だが、ドワーフの頑固さと儲けへの執着心は、人間のそれを上回る。もっとも人間のように相手を騙したり、傷つけたりと言うことはないが、彼らの応対は常にシビアだ。これまで友好関係を築き上げてきたバルバロッサならともかく、コネの一つもないゴルバが上納のアップを命じても、つっぱねられるのは確実と思われた。
 カシオスは交渉決裂を予想し、冷笑を浮かべた。
「いざとなれば、武力行使に出るまでだ」
「そう言えば、カシオス。お前、盗賊団のボスをやっていたそうだな」
 ゴルバがふと思い出して口にした。カシオスが肩をすくめる。
「平たく言えば、しがない山賊さ。もうそろそろ、仲間たちもこの街へ到着するはずだ。少しは戦力になると思う」
 カシオスの言葉にゴルバはうなずいた。
「デイビッドのこともある。あまり、城の兵たちを動かすわけにもいかないだろうからな。あてにさせてもらう」
「ああ、使ってくれ」
「その前に、ぼちぼち到着するなら、門兵たちに通達しておかなければな。街の入口でひと悶着あっては困る」
「血気盛んな奴らばかりだ。そうしてくれ。──ん?」
「どうした?」
「ソロが戻ったようだ」
 姿も見えず、足音も聞こえず、なぜ、このカシオスという男には分かるのか。
 ほどなくして、カシオスの言葉通り、ソロが戻った。
「始末したぜ」
「よし。カシオスの手下たちが到着次第、デイビッドの捜索を続行だ」
 三人の兄弟たちは、それぞれグラスを手にして、各々の野望のために乾杯した。


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