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[第三章/− −3 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第三章 悪党神父(3)


 皆が奇異な目を向けていた。
 その一団は、それほど街に似つかわしくなかったのである。
 剣や槍といった各々の武器を持ち、凶悪な視線をあちこちに向けながら、馬を歩ませている。誰も彼も、その顔には無法者の烙印が押されていた。
 山賊。
 長く旅する者が一度は遭遇する危険な輩だ。彼らの目的は金品や女だが、人の命を奪うこともいとわない者もいる。それはある種、荒れ地を飛び回るハーピィや森に潜むゴブリンたちよりも始末が悪かった。
 本来ならば、彼らがセルモアの街に入ることなど許されるはずがなかった。
 ところが、バルバロッサ亡きあと、領主の代理を務めるゴルバより門兵へ通達があった。弟カシオスの仲間である一行を通せ。その外見で追い払ってはならない、と。
 彼らはカシオス配下の山賊であった。まだ、街はもちろん、城の兵たちも掌握していないゴルバやカシオスにとって、貴重な手駒である。皆、これまでカシオスと共に悪行の数々を重ねており、戦いという事にかけては城の兵士たちよりも優れていることだろう。
 彼らはいわば、公的に悪行の免罪符を取り付けたようなものだった。だから、このように人々から畏怖の目で見られ、堂々と街を闊歩できることは最高の気分であった。
 その山賊たちの中でも、ひときわ目を引くのが、赤いハード・レザーを身につけ、腰に束ねた鞭を下げているハーフ・エルフの女性だ。右腕にだけハード・レザーと同じ色をした、肘まで覆うグローブをしている。美しい顔立ちだが、その眼は山賊のそれに他ならない。一行の先頭を務めていることからも、ここにはいないカシオスの次の地位に立つ人物であろうと思われた。
 エルフは、ドワーフたちと同じく、元々は妖精界に棲む住人であったと言われ、その勢力は矮小ながら、現在は人間と隔絶し、独自の文化を発展させて暮らしている。しかし、彼らが嫌う人間とは小柄で細身であることと耳が長く尖っていること以外は種族的に近く、まれに愛を育み、子をなすこともあるのだった。ただ、その産まれた子はハーフ・エルフとして、どちらの種族からも忌み嫌われることが多く、普通には暮らしていけない。よってハーフ・エルフのほとんどは、その魔法的素養の高さから魔術師になるか、犯罪の世界に身をやつすのだ。彼女の生き方もきっとそうだったのだろう。
「オラオラ! 何を人の顔をジロジロ見てやがる!」
 山賊の一人が声を荒げて、道端の領民たちを威嚇した。頭の後ろを刈り上げた、肌の浅黒い大男である。他の山賊に比べると体格がガッチリしており、戦士の風格があった。その印象通り、得物は背中に背負った大きな段平だ。
「およし! マイン! 街の中で面倒を起こすんじゃないよ!」
 先頭のハーフ・エルフの女が、大男をいさめた。マインという名で呼ばれた大男が笑う。
「やっとオレに口を利いてくれたな、サリーレ」
 そう言ってマインは、ハーフ・エルフのサリーレの方へ馬を近づけた。サリーレは無表情なままだ。
「オレのこと、気になっていたんだろ? な? だから、わざと無視するような素振りを見せてよ」
 マインは今にもサリーレに擦り寄りそうだ。だが、サリーレの言葉は冷たい。
「バカも休み休み言え。誰がお前みたいなのを」
「そうだぜ、マイン。サリーレの姐さんは、頭領にぞっこんなのさ」
 他の仲間からも嘲笑の声があがった。それに対して、マインが黄色い歯をむき出しにする。
「おめーらは黙ってろ! 新参者だからってバカにすると、こいつでブッた斬るぜ!」
 マインは段平の鍔を鳴らした。だが、そんな威嚇でひるむようなヤツは、この山賊団にはいない。
「てめえも懲りないヤツだな! あれほど頭領に痛めつけられたってーのによ!」
「そうだぜ! 手も足も出ずに、泣いて命乞いをしてたじゃねーか!」
「何でも言うことを聞きます! だから命ばかりはお助けを〜ってな!」
「頭領の姿が見えなくなった途端に、空威張りかよ!」
「バカは死ななきゃ治らねーのさ!」
「違いねえ!」
「ギャハハハハハッ!」
 山賊たちは皆、この新参者の大男をバカにしていた。マインの顔が憤怒に赤くなっていく。
「おめーら、見てろよ! オレがいつか、頭領をこの手で殺ってやる!」
 その言葉に、山賊たちの笑いは、益々、止まらない。サリーレも、ふと笑みをこぼした。
「なあ、サリーレ。そのときはオレの女になれよ」
 マインもしつこい。
「フッ、考えておくわ」
 サリーレは人間の女には作れないような、妖艶で危険な笑みを口許に浮かべた。
「ホントか?」
 身を乗り出すマイン。
「ええ。もっとも、あなたがカシオスに殺される確率の方が高いでしょうけど」
 山賊団は爆笑の渦に包まれた。もちろん、マイン一人が面白くない。
 そこへ酒場から出てきた一人の男が、一団の方へと近づいた。と言うよりは、酔って足下がおぼつかないと言った方が正しい。道端で山賊の連中が通り過ぎるのを待っていた街の人々は、思わず声をあげそうになった。
 その酔っぱらいを見咎めたのはマインだった。それは怒りの拳を振り下ろすのに、恰好の獲物と言えた。
 ドガッ!
 マインは馬に乗ったまま、右足で酔っぱらいを蹴り上げた。その体躯から繰り出されるパワーは尋常ではない。酔っぱらいの身体は宙を浮き、酒場の外に出されていた空の酒樽にぶつかった。派手な音を立てて、酒樽が木っ端微塵になる。
 一瞬、誰もが黙った。山賊たちすらも。
 それからやや遅れて、口笛が吹かれた。
「見たかよ、マインのあの蹴り」
「宙に浮いたぜ、あのオヤジ」
「死んだか?」
「ひょっとしたらな」
 表の派手な物音に、何事かと酒場の中の連中も外に飛び出してきた。そして、その惨状と山賊たちの姿に息を呑む。
「文句があるのか?」
 マインは一人、酒場から出てきた連中に凄んだ。道端にいた他の街の者同様、恐怖にすくみ上がる。


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