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[第三章/− −5−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第三章 悪党神父(5)


 サリーレは再び鞭を手元に戻すと、これみよがしに鞭を垂らして見せた。
「見えるかい? この鞭はハリトラネズミの皮で出来ていてね、目には見えない細かい硬質の針が無数についているのさ。コイツの一撃を受けた者は、皮鎧<レザー・アーマー>程度なら易々と削り取られる。もちろん生身の人間なら、一撃で皮膚を裂かれ、激痛にのたうつことだろう」
 グラハムは左腕を押さえながら、必死に痛みに耐えていた。知らなかったとは言え、まともにこの恐るべき鞭の一撃を受けてしまったのだ。マインを子供扱いしていたグラハムも、さすがに顔面から血の気が引いていた。素手で相手にするには分が悪すぎる。
「殺しはしないよ。ただ、あたいたちに二度と逆らえないように、もう少し痛い目にあってもらおうか」
 サリーレは再び鞭を振り上げた。
 そのとき、シュッという空気を切り裂くような音を聞いた者は、その場にどれ程いただろうか。
 サリーレは間違いなく、その一人だった。グラハムに向けるはずの鞭の一撃を、音が聞こえた自分の右側面に振るった。
 キン! という金属音が響いた。地面に鉄の矢が撃ち落とされる。
 サリーレは鉄の矢が飛来してきた方向を見やった。
 そこには──
 今まさに左腕に装着されたクロスボウで矢を放ったアイナと美貌の吟遊詩人ウィルの姿があった。
 山賊たちの顔に初めて戦意が湧いた。
「貴様ら、何者だ!?」
 お決まりの誰何の声が上がる。
 アイナが一歩進み出ようとしたところをウィルが制し、その前に立ち塞がった。
「通りすがりの吟遊詩人だ」
 それは決して大きくはなく、それでいてよく通る声だった。そして、その美しい相貌。山賊たちは一瞬、声を失った。
「吟遊詩人のお兄さんは、争い事に首を突っ込まずに、ただ唄ってちゃどうだい?」
 サリーレが揶揄するように言う。だが、その眼に余裕はない。矢を放ったのは後ろのアイナだと分かっている。その力量は読むことが出来た。しかし、この吟遊詩人には底知れぬ何かが感じられた。
「生憎、そちらの神父に用があってな。黙って引き返すわけにもいかない」
 自然体で返すウィル。サリーレが見たところ、武器は腰にある短剣だけのようだが。
「その美しい顔を傷つけることになるよ!」
 そう言って、サリーレは眼で合図した。待ってましたとばかりに、馬上の山賊たちが一斉に動く。四人がウィルに斬りかかった。
「ディノン!」
 ウィルがマントをひるがえしたのと、呪文を唱えるのは同時であった。ウィルの手から四つの光弾が放たれる。それは白魔術<サモン・エレメンタル>によるマジック・ミサイルだった。
 マジック・ミサイルは目標を外すことがない。四人の山賊たちに避ける暇も与えずヒットした。
「ぐあっ!」
「ギャッ!」
 マジック・ミサイルをまともに喰らった山賊たちは、一斉に馬上から転落した。
 それを見守っていた街の人々からも、どよめきが起きる。それはどちらかというと賞賛よりは恐怖といった感じだった。
「白魔術師<メイジ>か!」
 サリーレがウィルに感じていた不安は的中した。魔法は剣などの武器と違って、一瞬にして多くの命を奪うことが出来る。そして、同じく魔法を体得するか、魔力が宿ったマジック・アイテムを手にしていない限り、それを防ぐ手だてはなかった。いくらサリーレたちの方が数で勝っているとは言え、不利は否めない。
「く、くそぉ……」
 ようやく手のしびれが取れたらしいマインが、段平を抜いた。それをウィルに向かって構える。
「マイン、やめな!」
 それを見たサリーレが止めた。当然、マインは収まりがつかない。
「どうしてだ、サリーレ! ここまでコケにされて、大人しく引き下がるのかよ!?」
「見な!」
 サリーレはウィルの魔法を喰らって倒れた仲間をマインに指し示した。その仲間たちは大きなダメージを残しながら、立ち上がろうともがいている。
「あの吟遊詩人の兄さんが本気を出していたら、あいつらは死んでいるよ。これがどういう意味か分かるかい? ──つまり、四人を相手に手加減が出来るほど、あの兄さんは強いってことさ。それでもやるって言うなら、あたいは止めないけどね」
 これにはマインも段平を降ろすしかなかった。
 山賊たちはすごすごと負傷者を馬に乗せ、意気消沈して城への道を辿り始めた。その殿についたサリーレとマインが、グラハムを支えるアイナとウィルの方を振り返る。
「言っておくけど、この落とし前はいつか着けさせてもらうよ。兄さん、名前を聞かせてもらおうかしら」
「ウィル」
「あたいはサリーレ。この次に会うときは、たとえかなわないと分かっていても一矢を報いてやるわ」
「それよりはオレの歌を聴け」
「フッ、それもいいわね」
 まるで男と女のたわいのない会話のようなものをウィルとサリーレが交わしたので、それを聞いていたアイナとマインがそれぞれ目を剥いた。
 サリーレはウインク一つをウィルに送ると、仲間たちと共に去っていった。


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