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[第五章/− −2 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第五章 闇夜の襲撃者(2)


 キーツは大股で、ストーンフッドに近づいた。今にも殴りかからんばかりだ。
 それに対して、ストーンフッドはこれ見よがしにため息をついて見せた。
「まったく、最近の若い者は目上の者への礼儀がなっておらんな」
「こっちは客だって言ってんだろ!」
「客だなどと、貴様は名乗ったか? 名乗っておらんだろ?」
「ええい、めんどくせえ! 客なんだよ、オレは! アンタに頼むしかないって聞いてきたんだ!」
 キーツはそうまくし立てると、腰の長剣をベルトから外し、自分もどかりと座り込んで、剣を突き出した。だが、ストーンフッドはそんなものには目もくれず、ただ酒をあおるばかり。
「アンタ、この辺じゃ有名な剣工なんだってな。セルモアのストーンフッド。みんながアンタの名前を出していたぜ」
「………」
 まるで聞こえていないかのようなストーンフッドの素振り。そんな反応を見て、キーツはまたカリカリきたが、自分の荷物から頭ほどの大きさがある皮袋を取り出すと、それをストーンフッドの前に置いた。
「これならどうだ? オレがダクダバッドで稼いだ全財産だ。銀貨で五千枚はあるぜ」
「フン。人間は何でもカネ、カネ、カネ、だな」
「他に何があるってんだよ? ドワーフだって金がなきゃ、飯食っていけねえだろ?」
「食うのに困らない分だけあればいい。どうせ墓までは持って行けぬのだからな」
「じゃあ、アンタはタダで仕事すんのか?」
「仕事に見合った分の報酬はいただく」
「それ見ろ」
 そんな会話をしているうちにストーンフッドは酒を飲み干してしまったらしく、口を上に向け、最後の一滴を未練たっぷりに垂らそうと懸命になっていた。
 それを見て、キーツは意地悪く銀貨の詰まった革袋を揺すり、音を立てる。これ見よがしの、いやらしい笑みもおまけだ。
 ストーンフッドは一つ咳払いをした。
「まあ、どんな剣を持ってきたか知らんが、見るだけ見てやろうか」
 ストーンフッドはめんどくさそうにそう言うと、ようやく酒瓶から手を離し、キーツが差し出す剣に初めて目を向けた。その刹那、眼が鋭くなる。
「これは……?」
「やっと興味を示したようだな」
 キーツは勝ち誇ったようにニヤリとした。
 ストーンフッドはキーツの剣を手に取ると、
「こいつをドワーフであるワシの所へ持ち込むとは、貴様のバカさ加減も本物だな」
「なんだと!?」
「これはエルフどものの剣じゃないか」
 ドワーフとエルフは、元を正せば同じ妖精族だが、その相性は最悪だった。エルフからすれば、ドワーフは人間の世界に染まった俗物であり、ドワーフからすれば、エルフは自然主義を唱えたプライドの高い気取り屋でしかないのだ。見た目の体型も正反対で、悪口となればまずそれを互いに罵ることになる。このように不仲であるため、それぞれの部落が隣接するようなことはない。衝突するのは決まって人間の生活圏であり、多少なりとも両者と交流を持っている人間にとっては、理解できない争いであった。
「剣は剣だろ? ミスリル銀製だし」
 そう言うキーツに対して、ストーンフッドはこれ見よがしに嘆息した。
「お前さん、剣の持ち主にしては何も知らないようだな」
「どういう意味だ?」
「この剣はエルフどもの剣だ。ワシらドワーフや人間が作るものではない。武器は敵を倒すもの。見た目の優雅さや美しさなど、何の役に立つ?」
 元々、エルフは金属製の武器を好まない。それは物質界である人間の世界にエルフたちが馴染めないことと一緒で、彼らが作る道具は木製のものがほとんどだ。武器も同じで、金属部分はわずかにしか使っていない弓矢か槍のようなものが主流で、剣や斧は使わないことが多い。ただ、銀だけは別であった。これは今もって魔術師たちの研究課題となっているが、自然主義のエルフたちも銀を装飾品に用いることが多く、他の金属とは一線を画していた。これは大方の見方であるが、銀は魔力を有する触媒でもあるためとされており、実際、エルフの呪術師<シャーマン>たちが身につけている場合が多い。ミスリル銀ならばなおさら効果大で、武具にも用いられているのが現状だ。
 もちろん、キーツがそんなことを知る由もない。
「よく分からないが、そいつを鍛え直してほしいんだ。出来るんだろ?」
「フン。こいつをか。気にくわん。だが、それは出来ないということではないぞ」
「だったら、やってくれよ。長く使っていたから、傷みが目立ち始めているんだ」
「エルフどもの剣がどうなろうと、ワシには知ったこっちゃないがな」
 ストーンフッドはまだ不満げであったが、鞘から剣を抜くと、ほう、と思わず言葉が漏れた。
 その刀身は一風変わっていた。刃が波打った形状をしており、刀身は向こう側がおぼろげに見えるほどに薄い。それが光を受けてキラキラと色々な色彩を放ち、ストーンフッドが言うようにそれは武器と言うよりも芸術品に近かった。もし、普通の金属で同じ様なものを造ろうと思えば、完成したところでその強度は脆く儚いことだろう。だが、それをミスリル銀で補っていることで、通常の剣と同じくらいの強度を持ち、美しさも兼ね備えさせることに成功していた。
「ずいぶんとお前さん、顔に似合わぬものを持っておるな」
 ストーンフッドは冗談とも本気とも思えぬ口調で言った。
 キーツは少し遠い目をした。
「“幻惑の剣”って名前しか知らねえ。元々、オレのじゃないしな」
 そう言うキーツの横顔を見ながら、ストーンフッドは無言で剣を鞘に収めた。
「分かった。鍛え直してやろう」
「ホントか?」
 キーツの顔がパッと明るくなった。
「銀貨一千枚と一週間ほどもらうぞ」
「ああ、構わねえよ」
「そうと決まれば、早速、作業に移るか」
 ストーンフッドはそう言うと、ようやく重い腰を上げた。


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