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ウィルたちの居場所が、チックとタックによって知られてしまった頃、キーツはセルモアの街からミスリル銀鉱山へと続く山道を登っていた。この道は、領主バルバロッサの城へ通じているものとは違い、簡単な舗装すらされておらず、灰色がかった岩肌が剥き出しになり、その上を小さな石がゴロゴロと転がっている。とにかく歩くだけで苦労するようなところだ。それでもキーツは悪態の一つもつかず、寡黙に、淡々と登り続けていた。アイナなどが見れば、この男にそんな根性があったのかと目を剥くに違いない。
普段であれば、これくらいの山道、傭兵稼業で鍛えてきたキーツにとっては何でもない道程なのだが、教会でアイナに泣き言を言ったように、湖岸からデイビッドを運んだのが予想以上に堪えていた。あの泣き言は、単独行動を取るための方便のつもりだったのだが、こうして今、足に来ているのを実感すると情けなくて笑えてくる。
とは言え、この山道へ一刻も早く登ろうと決めたのはキーツ自身だ。彼にはどうしても行かなくてはいけない目的があった。それは──
やがて、鉱山の入口付近に差し掛かった。そこは山が切り開かれた小さな台地になっており、ミスリル銀を抽出したり、鋳造したりする作業場が建てられていた。こここそがセルモアの繁栄を支えている場所なのだ。そこにいる者のほとんどはドワーフたちである。ミスリル銀を含有していると思われる石を荷押し車で運んでは、作業場と目される小屋の中へと消えていく。そして、また別のドワーフが空になった荷押し車を押して、坑道へと入っていくのだった。
ジャキィィィン!
その様子を眺めていたキーツに不審なものを感じたのだろう。作業場の入口に立っていた二人のドワーフが、手にしていた武器を打ち鳴らして、鋭い視線を投げかけてきた。とにかくミスリル銀は高価で貴重なものだ。物々しい警備も無理はない。
また、武器も仰々しいほどの代物だった。ドワーフの身の丈よりも三倍くらいはありそうな棒状の武器で、先端には槍が、そして、そのすぐ下には斧の刃がついており、さらに刃の反対側には大きな金槌まで突き出て、それらが一体化している。
傭兵稼業が長かったキーツには、その武器が何であるか分かっていた。
ハルバード。
まさしく、突く、斬る、叩く、払う、と四つの使い方が出来る万能武器で、北方の雪国などでは好んで用いられることが多い。また、ドワーフたちは身長が低いので、剣よりもリーチの長い槍のような武器を持つか、相手の懐に飛び込んで必殺の一撃を加えられる戦斧を得物にすることも知られており、その意味ではこのハルバードは両方の特徴を兼ね備えた最良の武器だと言えた。
「何の用だ?」
ハルバードを担いだドワーフの片割れが、キーツの方へ近寄ってきた。油断のない視線で、キーツを値踏みする。ドワーフはキーツの半分くらいしか身長がない割に、威圧感だけはたっぷりとあった。
「ここにストーンフッドというドワーフがいると聞いて来た」
臆せずにキーツが言う。ドワーフは相棒の方を振り返ってから、もう一度、キーツの顔を眺めた。
「フン。そっちの客人か。なるほど、盗賊って言うよりは戦士と言った風体だな。ならば、あの奥に見える小屋だ」
そう言ってドワーフは顎をしゃくった。
キーツはドワーフが示した小屋の方へと歩き始めた。
「おい」
そのキーツをドワーフが呼び止めた。振り返ってみる。
「ストーンフッドが仕事を受けるかどうかは分からんぞ」
ドワーフは余計なお世話だと思ったが、キーツの背中に言葉を投げた。だが、キーツの歩みは止まらない。
「どうしても引き受けてもらわなくちゃいけないんだ」
そう言ってキーツはキュッと唇を噛み、腰の長剣に手をやった。
小屋の入口で立ち止まると、キーツはひとつ深呼吸をしてから扉をノックした。返事を待つ。だが、応答がない。
キーツはもう一回叩いた。すると──
「うるさいぞ! 扉はちゃんと開いておる! 用があるなら、さっさと入れ!」
と、がなる声が。これは相当な頑固オヤジだな、と想像し、キーツは肩をすくめたが、ここでひるんでもいられないので、言われたとおりに中へ入った。
小屋の中は雑然とした鍛冶屋のようだった。中央には大きな鉄の釜が鎮座し、シューシューと蒸気が音を立てている。その周囲には大小さまざまのハンマーが散乱し、足の踏み場もない。部屋の一角にある小さなスペースだけ物がどけられ、そこに小屋の主であるドワーフがいた。どれほどの年齢を重ねてきたものか。顔ばかりか手にも深いシワが刻まれている。そのドワーフはどかりと腰を降ろし、胡座をかいて酒瓶を手にしていた。身体はこちらを向いているが、目はつむっているかのようだ。
「あの……」
キーツはためらいがちに声をかけた。ドワーフはその声も聞こえなかったかのように、酒瓶にそのまま口をつけてあおっている。
「あのよぉ!」
自然に声を大きくして、キーツは再び呼んでみた。ドワーフの喉仏の動きが止まる。
「少しは静かに話せないのか!? 酒がまずくなる!」
ドワーフの一喝に、キーツの方が耳を塞ぎたくなった。
「聞こえているなら、返事くらいしてくれよ!」
当然の抗議をこの頑固者にする。
「ワシは『入れ』と言ったはずだ。さっさと用件を話さぬ貴様が悪い」
「ぐっ……」
そんなものは屁理屈である。だが、これから依頼しようというところで、ヘソを曲げられても困る。ここは下手に出た方が得策だ。
「あなたが剣工のストーンフッドさんですか?」
怒鳴りたいのを我慢しているので、つい、声が震える。
だが、敵も然る者、
「ここにワシがいると聞いてきたのだろう? 他にそれらしい者がいるか?」
と返り討ち。
キーツも、元々、傭兵稼業などをやっていたくらいだ。血気は盛んな方である。このような接し方をされて、抑えが効くものではない。
「さっきから大人しくしていれば、つけあがりやがって! 少しは客に対して態度を改めやがれ!」