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「聞いた?」
アイナと同じく音を聞きつけたとすれば、ウィルの聴覚も驚嘆すべきだった。
それを認めるようにウィルがうなずく。
「吟遊詩人に必要なものは、いい声といい耳だ」
この状況で冗談を言っているとは思えないが、アイナは緊張していた身体から自然に力が抜けるのを感じた。
(やっぱり頼りになるのは、この人なのよ)
改めて痛感した。
「念のため、下の神父たちを起こせ」
「ウィルは?」
「降りかかる火の粉は自分で払う」
ウィルはそう言うと、風のような素早さで、教会を出て行った。
アイナもすぐに次の行動に移っていた。
ウィルの聴覚は的確に音の発生源を捉えていた。教会から二つ目の角を左に曲がる。月が出ていない闇夜という状況を考えれば、まるで街の地図がウィルの頭の中に叩き込まれているかのようだった。
敵も悟られたのを知ったのだろう。音を立てないよう努力することをやめたようだ。地面に剣をひきずるようにし、ゆっくりと近づいてくる。
ザッ!
ウィルの疾走が止まった。相対するは闇に飲まれた二つの人影。
そのとき、いかなるときも揺るがないのではないかと思われるウィルの眉が、微かに動いた。何か不審なものを感じ取ったようだった。
それを意に返さず、人影は近づきながら、剣を振り上げた。二人ほぼ同時の動き。
「ディノン!」
先に仕掛けたのはウィル。マジック・ミサイルだ。二つの光条が飛ぶ。
狙い違わず、マジック・ミサイルは目標の人影にヒットした。が──
敵は倒れなかった。今の呪文は酒場の前で山賊たちに対したときのように手加減したものではない。必殺の一撃のはずだった。それなのに──
不死身の敵は速度を増し、いいコンビネーションでウィルに斬りかかった。
バサッ!
それをウィルはマントで薙ぎ払った。剣がマントに絡め取られる。
相手は一旦、剣を引いた。そうしていなければ、剣を奪い取られていただろう。そこに間合いと隙が出来た。
その間を逃さずに、ウィルは腰の短剣を抜いた。短剣が光を放つ。
それこそウィルの真なる武器<光の短剣>であった。
「!」
だが、それが抜かれるや否や、二人の襲撃者は背中を見せて逃げ出していた。そのスピードは、ウィルでなければ目を剥くほどのものだった。
ウィルは追った。マントをひるがえし。
馬よりも速く駆ける襲撃者は、どんどん教会から離れていった。
半ばウィルは気づいていたのかも知れない。だが、追跡をやめなかった。
教会からウィルと襲撃者が充分に離れた頃、反対側の道からカシオス率いる山賊団が現れた。弟のソロもいる。全てはウィルを教会から引き離す作戦だったのだ。
「ここにデイビッドがいるんだな?」
カシオスは側ではしゃぎ回っている双子のチックとタックに尋ねた。
「いるよ」
「いるよ」
「ここだよ」
「ここだよ」
それを聞いて舌なめずりをしたのはソロだった。
「クックックッ、デイビッド、待ってろよ! 今、オレが斬り刻んでやるぜ!」
暴れたいのはソロだけでなく、山賊団のサリーレやマインも同じだった。昼間の借りを返さなくては気が済まない連中だ。
「よし、かかれ!」
カシオスは全員に命令を下した。