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「あっ……」
アイナは目覚めた。そして、肌寒さに身を震わせる。だが、その手が温かいものに触れて、少し安堵した。それは人の温もりだった。
アイナが寝ていたのは、デイビッドが寝かされていたベッドの上だった。デイビッドと添い寝をする形になっている。このままもうひと眠りしたかったが、すぐにこれまでの状況を思い出して、跳ね起きた。
地下室の天井に大きな穴が開き、そこから太陽の光が射し込んでいた。すでに日が昇ってから、だいぶ時間が経っているらしい。隣に寝ているデイビッドに気を使いながら、アイナはベッドから降りた。
昨夜──
山賊団が教会を襲った。目的はおそらくデイビッド。領主の息子であり、デイビッドの兄たちが差し向けたものだろう。アイナはクロスボウで応戦し、グラハム神父も戦った。だが、火矢を射かけられ、教会は火に包まれた。地下室に逃げ込んだアイナであったが、そこに突如現れた奇怪なせむし男。人間と言うよりは獣か化け物のようだった。何しろ、至近距離で放ったクロスボウの矢を易々とかわしたのだ。人間離れしていた。アイナは生まれて初めて、命に関わる身の危険を感じた。危機一髪というところで、吟遊詩人のウィルが助けに駆けつけてくれなかったら、今頃アイナはどうなっていたことか。
だが、せむし男はデイビッドの代わりにキャロルを連れ去った。しかも地下室の壁に消えてしまったので、追うこともできなかった。
その後の記憶はあまりないが、極度の緊張と疲労でいつの間にか寝てしまったのだろう。おそらくはウィルかグラハムがベッドへ運んでくれたに違いない。
寝ている場合などではなかった。早くキャロルを助けねば。
アイナは眠い目をこすって、左腕から外されたクロスボウを探した。
そのとき、手の甲が濡れているのを感じ、ハッとした。涙だ。どうやら先程見た夢で泣いていたらしい。
アイナは恥ずかしさに頬を染め、袖で涙を拭った。ウィルたちがここにいなかったのは幸いだ。
どんなに男勝りに振る舞っていても、自分は女であると思い知らされた気がした。表向きには忘れようとしている過去だ。だが、心の中ではどこかで淡い期待を今でも抱いている。
青年の淋しげな顔。
何も言わずに姿を消したあの日。
少し思い出しただけで切なくなってくる。
「起きたか」
ウィルが階段から降りてきながら声をかけてきた。
アイナは顔を見られないようにしながら、テーブルの上に置かれたクロスボウを見つけ、それを装着しようとした。
「ごめん。なんだか寝ちゃったみたいで」
「気にするな」
「でも、キャロルが……」
アイナはせむし男に抱きかかえられ、恐怖の表情を浮かべながら壁に消えていくキャロルの姿を思い出して、目をつむった。
「あの娘は助け出す」
ウィルの口調は静かだが、しっかりとした決意を含んでいた。
「じゃあ、あの娘がどこに連れ去られたのか分かっているの?」
「いや。だが、奴らが領主の息子の手先ならば行くところは一つだろう」
「領主の城……」
「そうだ」
ウィルはうなずいた。
そうと分かれば話は早かった。アイナは鉄の矢が入った筒を腰のベルトに下げると、表情を引き締めて梯子を登ろうとした。
「どこへ行く?」
ウィルが尋ねる。
「決まっているわ。キャロルを助けに行くのよ。私のせいでキャロルは……」
「お前一人で行ってどうなる? お前も捕まるか殺されるのがオチだ」
「だからって、何もしないでいられないでしょ!? 誰かがキャロルを救わなきゃ」
「さっき、神父もそう言っていた」
「神父様が?」
それは当然だろう。グラハム神父の方が長く、キャロルと生活を共にしてきたのだ。それこそ親子のように暮らしてきたはずだ。より愛情も深かろう。
アイナはグラハムのことも考えるとつらかった。
そんなアイナにウィルは続けた。
「だが、本当にキャロルを助けたいのなら、今は自重することだ。必ず向こうからアクションを起こしてくる。奴らの狙いは、あの少年だ。ならば、人質交換を要求してくるはず。そのときこそチャンスになる」
確かに、冷静に考えればそうかも知れない。闇雲に城へ侵入しても、閉じこめられている場所が分からなければ、まごまごしているうちに発見される恐れがあるし、最悪、今度こそ本当にキャロルを盾にされかねない。そうなってしまったら万事休すだ。
それに敵は数でこちらを上回る。デイビッドの元を離れているうちに、別働隊が教会へ現れる可能性だってある。実際、昨夜はウィルをおびきだそうと策を弄してきたのだ。また同じ様な手を使ってこないとも限らない。キャロルも大事だが、デイビッドも大事なのである。こういうときこそ慎重に事を運ばねば。
「で、神父様は?」
「食料の調達に行っている。じきに帰ってくるはずだ」
「とか言って、一人で城に行っちゃってるんじゃない? あの人、結構、血の気の多そうな神父みたいだし」
「大丈夫。クギは刺しておいた。それに見張りもつけているしな」
「見張り?」
アイナは疑問を口にしたが、それ以上、ウィルは喋らなかった。
吟遊詩人のくせに無口な男だ。まるで、出会ったばかりの頃のあの人のように。
アイナは先程見た夢を思い出して、慌てて頭を振り、現実に戻ろうとした。
だが、あの人とウィルは、意外と雰囲気が似ているかも知れない。もちろん、顔はウィルの方が断然いいに決まっているが、これまで背負ってきた人生の重みと憂いを帯びた表情など、共通する点は多い気がする。
ふと二人を重ねて見てしまい、自然にアイナの頬が赤らんだ。
(もお、こんなときに何を考えているのよ、私は!)
アイナが一人でドキドキしているうちに、グラハム神父が食料が入った袋を抱えて帰ってきた。