←前頁]  [RED文庫]  [「神々の遺産」目次]  [新・読書感想文]  [次頁→

[第七章/− −4 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第七章 病める後継者(4)


「どうしよう、ウィル?」
 困ったアイナは隣の吟遊詩人に対処を問うた。
 ウィルは小さく呪文を唱えた。
 するとデイビッドの動きが次第にゆっくりとしたものになり、大人しくなり始める。それから程なくして目がトロンとし、やがて眠りに落ちてしまった。
「眠らせたの?」
「とりあえず、それが一番だろう」
 大人しくなったデイビッドから離れながら、グラハムが額の汗を拭った。手には多くの引っ掻き傷が出来ている。
「やれやれ、ベッドの上で運動するなら、こちらの相手をした方がマシだったな」
 グラハムはそう言いながら、アイナの肩に手を回した。
 神父によるセクハラとは、世も末になったものだ。
 もちろん、肩に回された手はアイナによってピシャリと叩かれ、腫れあがらせる結果になったのは言うまでもない。
「しかし、ホントにどうしちゃったのかしら。デイビッドって、元からこうなの?」
「いや。これまで城から出たことはないが、とても利発な子だって噂だ。生まれながらの精神異常ということはないだろう」
 グラハムが叩かれた手をふーふーしながら答えた。
「でも、城から出たことがないんでしょ? だったら、この目で見たって言う街の人はいないわけだ。そういう話ってのは、隠されるものだって相場が決まっているじゃない」
「それは違うな。バルバロッサが、わざわざこの子を後継者に決めたんだ。問題があったら、兄貴たちを差し置いて後継者にはしないだろう。それに今、こいつを狙っている兄貴たちにしたって、後々、このセルモアにふさわしい領主になる存在だと思っているから、今のうちになんとかしたいと躍起になっているのだろう。でなければ、初めから相手にはせん」
「じゃあ、やっぱり精神的なショックで?」
「それか打ち所が悪かったか、だな」
「治る見込みは?」
「さあね。少なくともオレが調合する薬じゃ治らねえ。それこそ魔法でもかけてもらうんだな」
「………」
 アイナは無言で、冷たい視線をグラハムに送った。
「悪かったなぁ、魔法が使えない神父でよぉ!」
 聖魔術<ホーリー・マジック>には正常でない精神を癒す魔法もある。だが、これは高位の神官でなければ扱えない上位魔法だ。街の神父クラスでは、魔法が使えてもそこまでは望み薄である。
「だが、これが奴らに知られたら事だな」
 グラハムは真顔に戻って言った。
「どうして?」
 とアイナ。
「さっきも言ったが、こいつが次期領主として問題があれば、あとは血縁で新しい後継者を立てねばならない。おそらくは長兄のゴルバ。この男が実権を握ることになる。いいか? 今はデイビッドが奴らの手に堕ちていないから、奴らも好き勝手なことができないんだ。だが、このことがバレれば全ては終わり。デイビッドの正当な権利を訴えるわけにもいかない」
「待ってよ! それじゃ、キャロルは……?」
「奴らにとってデイビッドに価値がなくなれば、当然ながらキャロルにも人質としての価値がなくなる……。開放してくれるか、殺されるかは奴ら次第だな」
「そんな! ──ウィル! あなたも黙ってないで、何か言って!」
「待て」
 感情的になり始めているアイナを、ウィルは静かに制した。そして、地下室の中央まで移動すると、アッという間にジャンプし、自ら開けた穴から外へ出て行った。その超人的な跳躍もさることながら、あまりにも唐突な行動にアイナもグラハムも呆気にとられた。
「な、何だぁ?」
「あっ! 誰かが近づいているんだわ」
 アイナの耳が物音を捉えた。だが、先に気づいたのはウィル。今さらながらに驚かされる。
 吟遊詩人ウィル。
 何者なのか。
 地下室から一気に外へ出たウィルは、近づく二つの影を認めた。


<次頁へ>


←前頁]  [RED文庫]  [「神々の遺産」目次]  [新・読書感想文]  [次頁→