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教会は昨夜の火事で半壊、壁全体の約三分の二が崩れ、見通しだけは良くなっていた。それでも少しばかりの屋根を支えて残っている部分もあり、ボロいながらも丈夫さは兼ね備えているようだ。
近づくのは二人のホビット。チックとタック。
二人はウィルが姿を現したのを見て、ひるんだ様子だった。
「で、出た!」
「で、出たぞ!」
「まずいぞ!」
「まずい!」
「どうする?」
「どうする?」
「どうする?」
「どうする?」
二人が逡巡しているうちに、ウィルはゆっくりと一歩を踏み出した。それを見て、二人のホビットは益々、怯える。
「タック!」
「チック!」
「ここはひとつ!」
「うん、ここは!」
「お頭の用件だけ済まそう!」
「そうしよう!」
「──おい、そこで止まれ!」
「止まるんだ!」
チックとタックに命じられ、ウィルは意外と素直に立ち止まった。
「取引か?」
ウィルの眼光に射られるだけで、チックとタックは身が縮む思いがした。山賊団に身を置いているものの、ホビットである彼らは戦いを好まない。主な仕事は偵察や追跡だ。
ウィルもその辺は分かっていた。彼らは連絡係に過ぎないと。
「タック、例のヤツを」
「わ、分かってるよ」
チックにせかされながら、タックは腰から何かを取り出した。
「カシオス様からの伝言だ。受け取れ!」
タックは取り出したものをウィルめがけて投げつけた。
それは手裏剣だった。
ウィルはマントを大きく払うような動きを見せた。それが丁度、飛来する手裏剣を撃ち落とす。手裏剣はウィルの足下近くに突き刺さった。
「ヒッ! やっぱり化け物だ!」
「手裏剣を撃ち落とした!」
「仕事は終わりだ、タック!」
「仕事は終わりだ、チック!」
「じゃあ、確かに渡したぞ!」
「渡したぞ!」
「さらばだ!」
「さらばだ!」
チックとタックはそう言い捨てると、一目散に逃げ帰っていった。
ウィルは追撃しなかった。その替わりに、タックが投げつけてきた手裏剣に目をやる。手裏剣には小さく折り畳まれた手紙がついていた。
「ウィル!」
そこへアイナがやって来た。再びクロスボウを装着していたら、少し遅れてしまった。
「もう追い払ったの?」
アイナは誰もいないのを見て尋ねた。
「これを届けに来ただけだ」
そう言って、ウィルは手紙を手渡した。
それにはこう書かれていた。
『本日の日没、《魔銀の墓場》までデイビッドを連れてこい。人質の娘と交換する。ただし、デイビッドを連れてくるのは女一名のみ。その他の者が《魔銀の墓場》まで来た場合、人質の命はないものと思え』