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「来た!」
カシオスの髪に触れる感触があって、《魔銀の墓場》に何者かが侵入したことを知らせた。方向は墓地の入口。どうやら真正面から来たようだ。
「何人だ?」
ソロは首が気になるのか、しきりに右手でさすっていたが、獲物が現れたと知って狂喜した。
「二人……。一人が一人を背負っているようだ」
「デイビッドを連れてきたのか?」
「おそらく」
「ちゃんと連れてくるとはな、お人好しもいいところだぜ」
「いや、まだ油断するな」
カシオスはソロをたしなめた。まだ、こちらの要求通りとは限らない。
ほどなくして、子供を背負った人物が目前に現れた。
デイビッドを背負ったアイナである。
アイナはカシオスたちと大きく間合いを取って立ち止まった。
「女、一人か?」
ソロが好色そうな笑みを見せながら尋ねた。
アイナは黙ってうなずく。
それを見て、益々、ソロの表情は残忍さを増した。
「では、デイビッドをこちらに渡してもらおうか」
「キャロルは?」
アイナはたじろぎもせずに言った。
カシオスは左の方へ顎をしゃくった。
「向こうの小屋の中にいる。無事だ」
「確認したいわ」
「それは後だ。デイビッドを降ろせ」
「確認が先よ」
「ダメだ。言っておくが、あの娘の命はいつでも奪えるんだぞ」
「………」
アイナはやむを得ず、デイビッドを地面に降ろした。
デイビッドはどうやら眠っているらしく、力無く地面に横たえられた。起きる素振りも見られない。
その様子をカシオスはいぶかった。
「デイビッドはどうしたのだ?」
「誰かさんたちのお陰で、具合が悪くてね。眠ったままよ」
「フッ、まあ、いい。こちらとしてはデイビッドが死んでいても構わないのでね」
そうカシオスが言い終えるか否かの出来事だった。突然、アイナが駆け出した。キャロルが軟禁されている小屋の方角だ。
「行かせるかってんだよ!」
ソロは待ってましたとばかりに、異形の力で地面に潜った。巨大な半月刀の刃だけが地上に露出している。そしてそれは、恐るべきスピードでアイナに迫った。まるで海上に現れたサメの背ビレのように。
間一髪、アイナは跳躍して攻撃をかわした。それは見事なまでの身のこなしだった。
その隙をついて、カシオスはデイビッドの身柄を確保しようと髪の毛を伸ばした。だが、その毛先はデイビッドの身体の手前で弾かれ、カシオスは驚愕した。
「なんだと!?」
いつの間にかデイビッドの周囲には、魔法障壁が張り巡らされていた。それがデイビッドの身を守っているのだ。
「貴様は!?」
カシオスはアイナの方を振り向いた。
だが、そこにアイナの姿はなかった。代わりにそこへ立っていたのは──
「生憎だったな」
夕陽もその漆黒の麗人を染め上げることはできなかった。
吟遊詩人ウィル。
美しき魔人。