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[第八章/− −4 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第八章 魔銀の墓場(4)


「変装<ディスガイズ>か」
 カシオスはウィルの策にまんまとハマり、悔しげに唇を噛んだ。
 変装<ディスガイズ>は魔術師が使う魔法の初歩的な部類に入る。変身<シェイプチェンジ>とは違い、視覚的な変化だけだが、老若男女を問わずに姿を変えることが出来た。それを失念していたカシオスが迂闊だったとしか言えない。もっと髪の毛で調べれば、男女の違いを判断できただろう。
 ただ、ウィルが女の声を出せたのは吟遊詩人としての技量もあったに違いない。
 だが、カシオスもこのままやられっぱなしではいられなかった。まだ奥の手がある。
「我々を謀るとは、やってくれるな! しかし、こちらに人質がいることを忘れていないか?」
 カシオスはキャロルの首に巻きつけていた髪の毛を操ろうとした。が、それよりも速くウィルの右手から銀光がほとばしる。
「!」
 カシオスは再び驚愕せねばならなかった。キャロルの命を奪うはずだったカシオスの髪の毛が、難なく断たれたのである。
「まさか……ヤツには見えていると言うのか?」
 昨夜、死者のマリオネットで仕掛けたときもそうだった。ソロでさえ自分の首に巻かれた髪を切ることもできないというのに、ウィルには易々と見切られていた。
 そのショックがカシオスの隙につながった。ウィルが呪文の詠唱に入る。
「ディロ!」
 シュババッ!
 ウィルの放ったマジック・ミサイルは一直線に飛び、カシオスの胸部を痛打した。
 バシッ!
「ぐっ!」
 だが、ウィルの一撃は思いのほかダメージを与えられなかったようだ。
「レジストされたか」
 ウィルはさして驚く風でもなく呟きを漏らした。
 人間には魔力を持つ者がいる。イコール、魔術師としての才能があるということになるのだが、またそれは魔法に対する耐性も持ち合わせているということだ。その魔法抵抗力を魔術師の間ではレジストと呼んでいる。もちろん、魔法の効果を完全に打ち消すことは難しいが、ダメージの軽減などには役に立つ。だから、高位の魔術師同士が戦うとなれば、簡単にレジストをされないような一撃必殺の魔法で片を付けることが多い。
「おのれ!」
 マジック・ミサイルを受けた胸の部分を押さえながら、カシオスは長い髪を振り乱すようにし、ウィルに向けて反撃した。髪の毛が鋭い針のようになり、ウィルを串刺しにしようと襲いかかる。
 ウィルはまたもやそれを跳躍してかわした。
 だが、今度はその着地地点に、地中に潜ったソロの半月刀が顔を覗かせていた。ウィルの動きを読んでのものだ。
 ウィルは空中で身をひねり、頭から半月刀へ落下する。
 ウィル、危うし、と思ったのも束の間、稲妻のごとく抜きはなった《光の短剣》で半月刀を受けきると、軽々と地面に着地した。驚嘆すべき神業だ。
 カシオスもソロも、常人では到底及びもつかない怪人だが、ウィルはそれすらも凌駕する魔人だった。
 戦慄するカシオス。だが、まだ諦めたわけではない。
 ソロは半月刀ごと深く地中に没した。
 その動きに呼応するように、カシオスは長い髪を逆立てると、そのまま振り下ろした。上から包み込むようにして、斬ろうというのだ。ウィルは包み込まれる前に横へ逃げた。
 だが、突然その足首を、地面から突き出た手によってつかまれた。ソロの仕業だ。
 頭上からはカシオスの鋭利な髪の毛が襲う。
 ウィルはかろうじて、《光の短剣》を一閃させると、カシオスの髪の毛を霧散させた。
 その一瞬が仇となった。
 ソロがウィルの足を引いたのである。するとウィルの足が地面に沈んだ!
「!」
 ソロの腕を斬り落とそうと《光の短剣》を向けたが遅かった。すでにソロの手は地中に没しており、ウィルの一撃は地面の土を削り取っただけ。
 逆にウィルの身体が地中へと引きずり込まれた。もがく間もなく腰まで埋まる。何かの呪文を詠唱しかけたが、唱え終わらなかったのか、何の効果も現さぬうちにウィルは完全に潜ってしまった。
 地上には、ただカシオスだけが取り残されている。墓地は本来の静けさを取り戻していた。
 果たして、地中に引きずり込まれた吟遊詩人ウィルの運命はいかに?



 一方、キャロルもピンチを迎えていた。
 床下から侵入したブロッブがキャロルを獲物と定めたらしく、ゼリー状の体をプルプルさせながら近づいてきたのだ。
 最初、室内に放置されたシャベルの金属部分を浸食していたブロッブだったが、食べ飽きたのか不味かったのか、おもむろに生きた獲物へ狙いを変更した。
 もちろんキャロルは柱に縛りつけられているので、逃げることもできない。懸命に「しっ! しっ!」と追い払おうとするが、知能の欠片もないブロッブに効果は皆無であった。
 このままでは脱水症状で倒れるよりも早く、ブロッブに消化されてしまいそうだ。
 さすがのキャロルも泣きべそを浮かべ始めていた。


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