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サリーレはカシオスが眠りについたのを見計らって、寝室から抜け出し、自分の部屋へと向かった。
軽度の全身火傷を負ったカシオスであったが、髪の毛を動かすことに支障はなく、実際、その愛撫だけで治療に訪れたはずのサリーレは何度も絶頂を迎えそうになった。普段は武器として使うカシオスの髪だが、あのような使い方もあるのだと以前から知っているのはサリーレだけである。だが、髪の毛以外は体を動かせないカシオスでは、女として目覚めたサリーレの熟れた肉体を抱くことは不可能だった。結局、今夜のところは中途半端な状態でやめざるを得ず、そのせいで、まだ身体の火照りが納まらないサリーレであった。
そんなこの世のものではないカシオスの愛撫を受けても、サリーレは不安であった。ハーフ・エルフとして、エルフからも人間からも忌み嫌われて生きてきたサリーレ。それを初めて認めてくれたのはカシオスだった。カシオスにはハーフ・エルフだとか人間だとか、そういったことへのこだわりはなく、ただ能力のあるなしだけで相手を判断している。その意味でサリーレはカシオスの役に立つ存在であったし、サリーレもカシオスと共に生きることで自分を見出していった。サリーレは、カシオスのためならば、命すら惜しくはないつもりであった。
しかし、最近どうしても考えてしまう。カシオスは自分のことを認めてはくれるものの、愛してくれているのかと。カシオスは常に冷酷な仮面を外すことはない。サリーレの前ですらだ。それだけに不安が募る。もちろん、自分にだけはいつか心を開いてくれるとサリーレは信じていた。そのための努力も惜しまないつもりだ。
いつから自分がこんなにも愛情に飢えていたのか、それはサリーレ自身も分からなかったが、山賊などと言うその日暮らしの生活を続けていると、知らないうちに穏やかな暮らしを求めてしまうものらしい。
いずれにせよ、あのウィルと名乗った吟遊詩人を倒せねば、この先に進むことは出来そうもなかった。とは言え、サリーレが敵う相手でないことは百も承知だし、カシオスもあんな目に遭わされては、自分で決着をつけない限り納得しないだろう。次に相対するときこそ、雌雄を決することになるに違いない。
そんなことを考えながら歩いていたので、サリーレは廊下の先に立っている人物に気づくのが遅くなり、思わず驚いて息を止めてしまった。
「これから寝るのかい?」
腕を組み、壁に身体をあずけながら立っていたのは、山賊団の中でも新参者であるマインだった。場所はサリーレにあてがわれた部屋の前だったので、きっと待っていたに違いない。サリーレの目が剣呑なものに変わった。
「こんな遅くに何の用?」
そんなあしらわれ方もマインは慣れたものだった。
「別に」
「悪いけど、疲れているの。もう寝かせてもらうわ」
サリーレはマインの脇を通り抜け、部屋へ入ろうとした。その肩をいきなりつかまれた。
「!」
「今までカシオスとお楽しみかい?」
マインの口調は静かだったが、そこには多少の嫉妬が含まれていた。
「あなたには関係ないことでしょ!」
サリーレは肩を揺すって、マインの手から逃れた。だが、すぐにまたつかまれる。
「何なのよ!」
頬の一つも張ってやろうかとサリーレが振り向きかけた刹那、マインは力任せにサリーレの身体を壁に叩きつけるようにした。やはり女、力では男に敵わない。ましてやマインは屈強な大男だ。普段はサリーレがマインに対して優位を保っているが、この場面では立場が逆転していた。
「あんな陰湿な男のどこがいいんだ?」
マインはサリーレに顔を近づけた。酒の匂いが鼻につく。酒の勢いを借りないと女も口説けないのかと、サリーレは少し幻滅した。
「カシオスはアンタよりも強いわ」
気丈にも相手の目を見ながら言い放つサリーレ。
しかし、今夜のマインは引き下がらなかった。
「いつかオレがアイツを殺る」
「できるわけないでしょ」
「オレ一人じゃ無理かも知れない。だが、お前も手伝ってくれれば殺れるさ」
「………」
「あの男を愛しているのか?」
「愛しているわ」
「ヤツはお前のことなど、ただの部下としか思ってないぞ」
「そんなこと……」
先程の不安が、また頭をよぎる。サリーレはそれを振り払った。
だが、マインは執拗だ。
「カシオスを殺って、この街を手に入れようぜ。いや、この国そのものだって夢じゃない。そうすればオレは一国の王。そして、お前はその妃だ」
「正気なの?」
あまりに話が大きくなってくると現実味がない。
「オレはこのまま山賊で終わるつもりはない。第一、それくらいの野心がなければ、男として生まれてきた意味がないだろう」
「野心家と夢想家を混同しているのではなくて?」
「それはお前が確かめてみるんだな」
マインはそう言うと、唐突にサリーレの唇を奪った。不意打ちだ。いつもなら、すぐさま離れて平手打ちをくらわせるところだが、今夜のサリーレの肉体はカシオスの半端な愛撫のせいで熱くうずいていた。
マインのキスは、カシオスのように相手の反応を窺うようなものではなく、情熱的で荒々しかった。大きな舌が口内をうごめく。このようなキスは久しぶりだった。サリーレが思わず鼻声を漏らす。それがまたマインの欲情を誘った。
マインはさらに大胆な行為に出た。サリーレの内腿に手を這わしてきたのだ。それにはさすがのサリーレも狼狽した。
「やめて」
「何を今さら言うんだよ。肉体はすっかり熱くなってるじゃねーか」
「こ、これは……」
まさかカシオスに抱いてもらえなかったからとは言えなかった。
「いいだろ、サリーレ」
「あっ……」
無骨なマインの愛撫は痛みを伴うようなものであったが、逆にそれがサリーレの興奮をあおり立てた。もう抗うようなことはせず、マインに身を任せてしまう。
一方、頭の隅ではカシオスに対する背徳行為に後悔もする。だが、それすらもすぐに津波のように押し寄せる快楽にかき消されてしまった。
「……!」
不意に足音が聞こえた。こちらへ近づいてくる。おそらくは見回りの兵だろう。
二人のこんな姿を見られるわけにはいかなかった。二人とも、どちらが指示することもなく、すぐ目の前にあるサリーレの部屋へと身を隠した。
真っ暗な部屋の中、二人は抱き合うような姿勢のまま、足音がドアの向こうへ遠ざかっていくのを聞いていた。そして、足音が完全に聞こえなくなると、二人はたまらずに熱烈な抱擁を再開した。それは貪り合うような愛撫で、昼間までのぎすぎすした関係がウソのようだ。
マインはサリーレをベッドへ連れていくのも面倒らしく、そのまま石造りの床に組み敷き、服を破きそうな勢いで脱がしていった。サリーレの裸身を見ることが出来ないのは残念だったが、それも柔らかな肌の温もりに触れれば吹っ飛んでしまう。暗闇に男女の淫らな喘ぎ声がこもった……。