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そのときは思いのほか早く来た。
翌朝、領主の城ではゴルバが兵士の報告により叩き起こされた。
「何事だ!?」
眠りを妨げられた不機嫌さを露わに、ゴルバは報告に駆けつけた兵を怒鳴った。兵士は雷に打たれたように身体を震わせたが、このまま萎縮して報告を怠るわけにもいかなかった。何より、事態は急を要するのだ。
「ご報告します! 街に王国の騎士団が迫りつつあります!」
「王国の騎士団だと!?」
さすがのゴルバも一気に眠気が吹き飛んだ。急いで身支度を整える。
「数は?」
「約五百騎!」
ブリトン王国が保有する騎士団の数からすれば大したことはないが、セルモアに常駐している兵は百人そこそこ。カシオスの山賊団約五十人を加えても心許ない数だ。まともに戦っては、負けることはなくても被害は免れないだろう。
もちろん、セルモアの街をぐるりと囲んでいる城壁は強固だ。実際、父バルバロッサのときには幾度となく王国の軍隊の撃退に成功している。そのときの敵は五百どころか、その十倍以上は攻めてきたと伝えられていた。それに比べれば、今回の敵は少数と言える。
いや、今の段階から敵と決めつけるべきではないだろう。相手の狙いが何か、はっきりさせるべきだ。
「城壁へ行く!」
甲冑を身につけたゴルバは大きな声で兵に告げた。出陣の準備に各々が走っていく。
ゴルバはそれらを眺めながら、部屋の片隅に立てかけていた悪魔の斧<デビル・アックス>を手に取った。戦いとなればこれが必要になってくる。それと──
「誰か! カシオスとソロを呼んでこい!」
今のところ、対ウィル以外に関しては有能な手下として働いてくれる弟たちを随行させようと思った。
だが、何の気配もなく、突然、カシオスの長髪が現れた。思わずたじろぐゴルバ。
「何だ、そこにいたのか?」
ゴルバはなるべく平静を装った。だが、カシオスの姿を見たとき、再び息を呑むことになる。
「そ、その姿は!?」
カシオスは肌が露出するところは顔もいとわずに白い包帯を巻いていた。まるでミイラ男である。かろうじて目の部分だけは開けてあった。
「傷が癒えぬのでね。こんな姿で失礼する」
包帯で口まで塞いでいるせいか、くぐもった声がした。
「なに、構わん。それより王国の騎士団がやって来たようだ」
「そのようだ。私の髪も感知している」
カシオスは街の外にまで髪の毛を伸ばしていたのだ。ウィルには及ばずとも、さすがは異形の者である。
「目的は何であろうな?」
「それはセルモアの──いや、ミスリル銀鉱山の接収に来たのでしょう」
「その髪の毛で分かるのか?」
あまり喋り続けるのはつらいのか、カシオスは無言でうなずいた。
やはりそうかとゴルバは呻いた。それにしても予想以上に動きが早かった。どのようにして王国側は、父バルバロッサの死を知ったのか。でなければ、このタイミングで仕掛けては来ないだろう。確か王国が忍び込ませていた間者は、ソロが始末したはずだ。他の間者がいたのか。ゴルバたち異形の者たちの目をかいくぐって、そんなことができるとも思えないが。
「やはり、ここは戦うしかないか……」
ゴルバは苦渋の選択を迫られた。まだ、デイビッドの身柄も確保していないこのときに、戦争など得策ではなかった。このような状態でデイビッドから街の者たちに真実が明かされ、内部から蜂起されては、いくら頑丈な城壁も意味をなさない。かと言って、速攻で敵を駆逐できるだけの戦力がこちらにはなかった。
「とにかく出るしかないか……」
そこへ兵士が駆け込んできた。
「ゴルバ様。ソロ様ですが、どこにもおられません!」
そう言えば夕べ、ソロには地下室に閉じこもっているシュナイトを呼んでこいと命じたままだった。その後、どうなったのか。だが、今は確認している場合ではない。
「出るぞ!」
ゴルバは悪魔の斧<デビル・アックス>を強く握りしめ、出陣した。