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その小屋は、一人のドワーフが剣を鍛え上げる作業場として使いながら寝起きをするのに、充分な広さがあった。しかし、今はそこへ四人の男女と二人の子供、そして一匹の仔犬が押し寄せてきて、ドワーフの平和だったはずの生活が脅かされている。もちろん、ドワーフの不機嫌さは隠しようもなかった。
「悪いな、みんなで押し掛けちまってよ」
ちっとも悪びれた風もなく、キーツは小屋の持ち主であるドワーフに言った。
「そう思っているなら出て行け」
セルモア一の剣工と謳われるドワーフ──ストーンフッドが、むっつりと言い放った。相当にヘソを曲げている。
「キーツ、やっぱり迷惑だったんじゃ?」
アイナはストーンフッドを怒らせないように気を使いながら耳打ちした。しかし、キーツは平気な顔である。
「な〜に、充分な金は払っているんだ。アフターサービスもちゃんとしてもらわなきゃな」
結局、半壊した教会にはとどまれないと判断した一同は、一夜の宿を探した。だが、夕べの騒ぎを知っている街の者たちは関わり合いになるのを恐れ、宿屋からでさえ宿泊を拒否されてしまった。
そこでキーツがストーンフッドの小屋へ身を寄せることを提案したのだ。ストーンフッドには剣の修繕を依頼した際、多額の銀貨を支払っている。本来なら法外な金額だ。だから、その分、ストーンフッドに厄介になってしまおうというのがキーツの発案である。もちろん、ストーンフッドにしてみれば、迷惑この上ない話であるが。
しかし、粗末な小屋の中に七人と一匹が押し込められては、さすがに息苦しくなってくる。意外にも一番早くに音を上げたのはウィルだった。
「オレが見張りに立とう」
殊勝なことを言っているが、本音は他人と身体が触れ合いそうな距離にいるのが耐えられないらしい。ウィルはさっさと小屋を出ていった。
「見張りか。もう一人くらい必要よね?」
アイナの目がキラリと光った。こんな時にタイミング悪く、その目をつい見てしまったキーツ。
「いっ? オレ?」
アイナは非情にもうなずいた。
「そんな殺生な! ここを紹介したのも、金を払ったのもオレなんだぞ!」
キーツの抗議はもっともだ。が、
「今まで逃げていたんだから、少しは私たちの役に立ちなさいよね!」
と、むべもなく返される。キーツ、ピンチ。
「で、でもよお、オレ、今は武器もないんだぜ」
彼の剣はストーンフッドに修理を頼んでしまっている。今のキーツは傭兵のくせに丸腰だ。
「じゃあ、オレのを貸してやろう」
そこへグラハムが加わってきて、手持ちのメイスをキーツの方へ放った。キーツは反射的にキャッチしたが、あまりの重さに腕が抜けそうになり、慌てて持ち直す。
「重い……」
これを軽々と扱うとは、キーツはこの神父がトロールとのハーフではないかと疑った。
「よし、武器も持ったわね。じゃあ、頑張って」
「コラッ、にこやかに送り出すな!」
キーツの抵抗は続く。
アイナは往生際が悪いと見たのか、やや芝居がかった仕草でため息をついた。
「しょうがないなぁ。じゃあ、このコと一緒に寝たい?」
アイナは足下にいた白い仔犬をひょいと抱き上げると、それをキーツの方へ差し出した。背後の扉にぶつかるほどの勢いで飛び退くキーツ。
「わ、わ、分かったよ! 喜んで見張りに立たせてもらいます!」
引きつった顔でキーツはうなずいた。
「はい、素直でよろしい」
アイナも破顔した。
キーツは逃げるようにして、外へ出た。中からは爆笑が聞こえる。そこへ加われないキーツ。
そんなキーツを待っていたのはウィルだ。しばらくキーツを眺めていたが、そのまま何も言わずに扉の脇へ座り込んだ。
小屋から追い出され、ウィルにも同情の言葉一つかけてもらえなかったキーツは、ガックリとうなだれるしかなかった。