[←前頁] [RED文庫] [「神々の遺産」目次] [新・読書感想文] [次頁→]
セルモアの街へと進軍する騎士団の先頭にいる男は、この騎士団を統率するマカリスターという騎士であった。今は甲冑を身にまとっているので、いかにもという感じがするが、これを脱いでしまうとおよそ騎士に似つかわしくない粗野な大男である。まだ三十三歳だが、すでに頭の方は禿げあがってしまっており、それを補うつもりなのか、ヒゲの方はもじゃもじゃと口許を覆っている。よく怒鳴り散らすせいか、部下からの評判もあまりめでたくなく、そうなると志気にも関わってきて、半ば愚連隊のような騎士団だ。
そもそも、この騎士団はセルモアの街から少し離れたノルノイ砦に常駐しており、王国内で昔から逆らってきたセルモアを監視することが任務だ。しかし、実際は他にすることもなく、騎士たちの間では閑職としての意味合いの方が強い。
そんな内情を知っていれば、砦を任されたマカリスターなどに服従を誓う者など皆無だ。もちろん、見た目通りに有能な騎士であるはずがなく、これ以上の出世は望めないだろうと部下たちの間では陰口が囁かれていた。
そのマカリスターに千載一遇のチャンス到来である。セルモアの領主バルバロッサが、息子であるゴルバに殺されたと知らせが入ったのだ。ソロが始末した間者が、脱出する前に伝書鳩を飛ばしていたとは、さすがのゴルバたちも知る由がなかっただろう。王国としてはこの不始末により、領主一族から所領を没収する名目が出来た。統率力の高かったバルバロッサが死んだとなれば、これまでよりは組みやすいのも事実。マカリスターが自分でセルモアを奪ってやろうと野心を抱くのも無理からぬ話であった。
「敵はたかだか百人程度だ! 数の上ではこちらが上だぞ! 皆の者、一気に領主の城を攻め落とせ!」
「おーっ!」
普段はマカリスターなど騎士団長にも認めていない騎士たちであったが、戦いとなれば別だ。ずっと小さな砦に押し込められていたために、思い切り暴れられるのはとても有り難いことであった。それに皆、セルモアのミスリル銀の高価さをよく知っている。どさくさに紛れて略奪を考えている者も少なくないだろう。
初めて志気上がる騎士団は、湖岸の狭い道を進んだ。湖の反対側は、急な斜面の山である。馬が二頭並ぶと一杯だった。
それを巧みに避けながら、一人の騎士が先頭のマカリスターに近づいていった。赤毛を短く刈り込んだ、精悍そうな青年騎士である。名をレイフと言った。
「騎士団長!」
苦労しながら、ようやくマカリスターに声をかけられる距離まで辿り着き、レイフは呼びかけた。その声にマカリスターは振り向いたが、進軍をやめることはなかった。
「こわっぱが。また、具申か」
前に向き直って、マカリスターは聞こえないように呟いた。彼にとって、レイフは目の上のたんこぶでしかない。
レイフは名門の出ではないが、聡明実直で、剣術、学術に秀で、将来は王宮騎士団入り確実とまで噂されている逸材だ。たまたま、ノルノイ砦へ一年間の着任を命じられてしまったが、本来ならばマカリスターに替わって騎士団長を務めていてもいいくらいである。だが、そんなものはマカリスターの自尊心を傷つけるだけでしかない。任務を軽んじているマカリスターに対し、レイフが意見具申をすればするほど、煙たくて仕方がなかった。
マカリスターはレイフを無視しようと思ったが、当人がすぐ横にまで来てはそうもいかない。
「何だ、レイフ?」
なるべく尊大にマカリスターは話した。騎士団長は自分なのだ。
「やはり我々だけで攻め込むのは無理があります」
レイフは周囲の警戒を怠らずに意見を述べた。これは砦を出るときから一貫してレイフが言っていることだ。
「無理だと? 何が無理なのだ? 我々騎士団は五百騎だぞ。向こうはたかだか百程度。馬だって、全員分を揃えてはいないだろう」
「このような地形で戦うのに馬は関係ありません」
実際、進軍にも手間取るような状態だった。まだ、五百くらいだからいいものの、もっと大軍で押し掛けるには無理があった。
「それに兵力差も相手は問題にしないでしょう。五千で攻めても、あの街の城塞は堕ちなかったのです」
レイフはその要因を城塞の頑強さばかりでなく、この唯一の進軍ルートにもあるのだと考えていた。こんな細い道一本では、大軍で雪崩れ込むわけにもいかない。城塞の前で戦えるのは、きっと百人くらいのものだろう。そこへ城壁から矢を射かけられれば、退路も自軍に塞がれてやられるだけだ。かと言って、迂回もできない。片側は湖だし、反対側は丘陵である。このままマカリスターたちが進んでも結果は同じと思えた。
だが、マカリスターは根拠もなく、自分たちが城壁を破れるものと信じていた。
「今まではバルバロッサがいたから、ヤツの兵たちも死にものぐるいでかかってきたのだ。だが、もうあの男はいない。息子に殺されたのだからな。そもそも、セルモアに不測の事態が起きたときのために、我々はノルノイ砦に詰めていたのだ。今、我々が出撃せずして、いつ出撃するというのだ?」
「でしたら、せめて王国より指示なり援軍なりが到着するまで待ったらいかがでしょうか。我々だけではとても……」
すでにバルバロッサの死は王都にも早馬が伝えているはずだ。王位の継承があやふやで、あまり政治中枢の役割を果たしていないが、セルモアのこととなれば話は別だろう。ミスリル銀の採掘を国で独占できれば利益は大きい。すぐに何らかのアクションが起こされるとレイフは考えていた。
だが、それではマカリスターの考えている手柄を王宮騎士団に横取りされてしまう。
「貴様、私の騎士団を愚弄するか!」
マカリスターは獅子のごとく吠えた。
行軍に続く者たちは、またかと苦笑した様子だ。
「そんな弱腰ならば、お前一人だけでも帰るがよい!」
最早、レイフの言葉になど耳を貸すような状態ではなかった。
レイフはマカリスターに言われたとおり、自分だけ引き返そうかと思ったが、他の騎士たちまで見捨てるわけにもいかず、思いとどまった。敗走することになるかも知れないが、一人でも多くの仲間たちを助けたい。レイフは決死の覚悟で、この愚劣な戦いに臨むことを決めた。
セルモアの城壁はノルノイ砦の騎士団たちを圧殺するかのように、目の前にのしかかっていった。