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「それより、これからちょっと出掛けねえか? 近くに街と湖が一望できる場所があるんだとよ」
キーツとしてはさりげなく切り出してみたのだろうが、アイナにとっては露骨な誘いに、現実に引き戻された。そして、それが意味するものを察し、不審な表情を作る。
「それって二人だけで?」
「もちろん」
「人気のない所?」
「もちろん」
「何か企んでる?」
「もちろん──あっ!」
慌てて口を押さえても、もう遅い。キーツは思い切りすねを蹴飛ばされ、飛び上がった。アイナはさっさと小屋の方へ歩いていってしまう。
「あーあ、フラれちゃったね」
いつの間にかキャロルがデイビッドの手を引きながら、キーツのところまでやって来ていた。ニコニコと無邪気に笑われると、大人として怒るに怒れない。
「恋愛も戦いも、あきらめたら負けなんだよ。百戦錬磨のオレが言うんだから間違いない」
キーツは強がって見せた。
「でも、時には押すばかりでなく、引くことだって必要よ」
子供とは思えない発言に、キーツは二の句を告げなかった。あの不良神父、子供に何を教えているんだ?
「おじさんも一緒に遊ばない?」
キャロルにおじさん呼ばわりされて、多少、ムッとするキーツ。
「オレはおじさんなんて、まだ早──」
「ワンワン!」
その存在を忘れていたとすれば、傭兵としては不覚だっただろう。キーツの足下に、デイビッドの白い仔犬が飛びかかるようにじゃれてきた。
「わっ、わっ、こっち来るなって!」
キーツは慌てて逃げようとしたが、アイナに蹴られたすねが痛くて、片足でピョンピョンと跳び回るしかなかった。それを見て、キャロルとデイビッドは大笑いだ。
だが、それは束の間の平和だった。
突如、集落に木を叩くような乾いた音が響いた。何かの危険を知らせるものなのか、打ち鳴らされる間隔は切迫している。
その音を聞きつけたドワーフたちは、皆、一様に飛び出し、鉱山の入口の方へと走り出していた。キーツもその様子に緊迫した顔つきを見せる。
「何だ? 何が起こったんだ?」
キャロルとデイビッドも突然の喧噪に怯え、互いに抱きしめあった。その足下では仔犬が吠える。
キーツはドワーフの一人を捕まえた。
「おい、これは何の合図だ!?」
「鉱山で何か事故が起きたらしい! 全員、救護のために集合の合図だ!」
「何だって?」
ドワーフはそれだけ言うと、キーツの手を振り払うようにして自分も鉱山へ向かった。
「事故って、どんな事故なんだよ?」
キーツは一人呟いたが、それに答える者はない。子供たちが心配そうにキーツを見上げた。
「とりあえずだ、オレは様子を見てくる。お前らは念のため小屋へ戻っていろ」
キーツの言葉にキャロルはコクンとうなずいた。それを見て、キーツもドワーフたちが走っていく方向へ駆けだした。
「何が起きたって言うんだ?」
ドワーフたちの集落近くへ到着して早々、この騒ぎにマインは目を丸くした。ドワーフたちが皆、同じ方向へ駆けだしていく。集落の入口を警護していたドワーフまでもだ。双子のホビット、チックとタックに尋ねてみようかとも考えたが、どうせ無駄なことは分かり切っているのでやめた。それよりは自分の目で確かめた方が早い。それに──
「おい、今のうちに侵入するぞ」
マインは双子にそう言って、集落の入口へと駆けだした。チックとタックはそれを見て慌てた。
「まずいよ!」
「まずいよ!」
「ヤツらに見つかったら袋叩きにあっちまう!」
「あっちまうよ!」
「バ〜カ。見てみろ。ヤツらにそんな余裕があるか? みんな、どこかに行っちまったじゃないか。それにだ。この騒ぎに乗じて、デイビッドとかいうガキをさらってくれば、お手柄だぜ」
マインの言葉に、チックとタックは考えた。褒美は彼らのもっとも好むものだ。
「ちょっと待て」
「考えさせろ」
「やなこった。グズグズしてるなら、オレが手柄を独り占めするだけだ」
それがマインの手口とは知らず、チックとタックはまんまと乗せられた。
「行くよ、行く」
「おいらたちも行く」
こうしてマインと双子は、騒ぎに乗じて、ドワーフの集落へと忍び込んだ。