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[第十二章/− −5−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第十二章 坑道の怪物(5)


 ウィル。
 その美貌は少しも揺るがずに、キーツたちと大ムカデを見つめていた。
 大ムカデはフリーズ・アローの呪文でひるんだが、まだまだその闘争本能は失われていなかった。なおもおぞましい足を蠢かせ、牙を噛み鳴らす。頭部の凍気はうっすらとはがれかけていた。
 だが、ウィルは慌てることなく傷ついたキーツとストーンフッドを守るように立ち、静かに呪文を唱えた。
「バリウス!」
 真空の刃は目に見えるほど大きく形作られ、大ムカデに向けて放たれた。まるで大きな剣で大ムカデを頭からかち割るように刃は走り、その長大な体を真っ二つにしていく。大ムカデは驚異的な生命力で牙と足を蠢かせ続けていたが、やがてその動きも止まった。
 その頃にはキーツとストーンフッドはそろそろと歩けるくらいにまで回復し、助けてもらった礼をウィルに言っていた。
「助かったぜ、ウィル。今度、お前さんがピンチの時はオレが助けてやるからな。それが傭兵の流儀ってもんだ」
 と、キーツ。もっとも、ウィルがピンチに陥るような状況があればの話だが。
「ワシからも礼を言わせてもらおう」
 と、ストーンフッド。泥まみれの手でウィルと握手した。すると、
「これは、みんなが世話になっている礼だ」
 と、ウィルは事も無げに言った。それを聞いて、キーツがウィルを指さす。
「あっ! お前、それはオレのセリフだったんだぞ、コラ!」
 キーツは細かいチェックを入れてぼやいた。しかし、傍目からは二枚目をねたむ三枚目にしか見えないのが悲しいところだ。この場にアイナがいれば、きっとお腹を抱えて笑っていたに違いない。



 そのアイナは鉱山での騒ぎが気になっていたが、ストーンフッドの小屋でデイビッド、キャロル、グラハムらと大人しく待つことにした。それは食器を洗って戻ってきたアイナに、集合合図の音を聞きつけて飛び出していこうとするストーンフッドがすれ違い様、子供たちと小屋の中で待機しているよう、重々、言っていたからである。何やらただ事ならぬ雰囲気にも押され、アイナは指示に従った。直にデイビッドたちも戻り、四人──ただし、グラハムは騒ぎにも気づかず、酔っぱらって寝たままだが──は固唾を呑んで事態の収拾を待ち続けた。
(こんなこと、前にも──)
 ふと、教会での夜を思い出し、アイナは嫌な予感がした。念のためにクロスボウを装着しておく。それを見て、キャロルも不安げだった。
「おねえちゃん……」
「大丈夫よ。ここはドワーフさんたちがいっぱいいるもの。ヤツらだって、そう簡単に手出しは出来ないわ」
「………」
 キャロルは思わず隣のデイビッドの手を握りしめた。デイビッドはキャロルのように怖がっている素振りはまったくなく、ただニコニコとしているばかりだ。どうもキャロルといるときは落ち着いているようである。それになんとなく、最初のうちは自分の状況に驚いてパニックを起こしていたようだが、今は周囲に慣れたのか、変に暴れるようなことはない。それは有り難いことだが、欲を言えばもっとまともな状態に戻って欲しかった。
 アイナが思索に耽っていると、突然のノックに驚かされた。小屋の扉だ。
「誰?」
 問うても答えはなかった。
 ストーンフッドは自分の家なのだから、遠慮なく入ってくるだろう。キーツはそんなお行儀の良さを持ち合わせていない。とすれば、ウィルか。
 一応、警戒しながら、アイナはそろそろとドアを開けた。
「?」
 外には誰もいなかった。もっと首を伸ばして周囲も窺うが誰もいない。
 そのときだ!
 窓から二つの小さな人影が滑り込んできた。キャロルが短い悲鳴をあげ、デイビッドと抱き合う。仔犬も懸命に吠えたてた。
 窓からの侵入者を見たとき、アイナは子供かと思った。それくらいの背丈しかない。だが、彼らこそ双子のホビット、チックとタックであった。アイナはホビットに出会ったことがないので、知らないのも仕方がない。
 アイナはチックとタックに気を取られ、小屋のドアに背を向けてしまった。するとどこに隠れていたのか、マインの大きな体躯がヌッと現れ、アイナの左腕をねじ上げた。
「見つけたぞ、デイビッド!」
 マインは笑みを漏らしながら大声をたてた。
 事ここに至って、ようやく酔いつぶれていたグラハムも目を開けた。しかし、まだ焦点が定まらない。
「何だぁ!?」
 寝ぼけた声で、辺りを見回す。
 すかさずチックは懐から小さな筒を取り出し、その一方の端を口につけ、鋭く呼気を放った。吹き矢である。小さな矢はグラハムの首にチクリと刺さり、思わずその箇所を手で押さえるも時すでに遅し。グラハムの身体は再び床に転がり、そのまま動かなくなった。
「ちょっと眠ってもらうだけだ」
 矢には麻酔薬が塗ってあった。小心者のホビットに殺しは出来なかった。
「キャロル、デイビッドを連れて逃げて!」
 アイナはマインに腕をつかまれ、宙づりのような格好にされながらも、キャロルに言った。しかし、それよりも素早くチックとタックが子供たちを挟み込む。万事休す。
「はっはっは! ついにデイビッドを捕まえたぞ!」
 マインは舌なめずりをしそうなくらい満足そうに笑った。
 アイナの悪い予感は当たった。


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