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[第十二章/− −3 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第十二章 坑道の怪物(3)


 ミスリル銀の坑道入口近くに建てられた高いやぐらの上で、一人のドワーフが懸命に木板を木槌で打ち鳴らしていた。それが周辺のドワーフたちを呼び寄せているのだ。また、入口からは、やはり木で出来た鳴子がカラカラと音を立てており、一向にやむ気配を見せない。音はなにやら切羽詰まったような危険を知らせているかのようだった。この鳴子はずっと坑道の奥まで続いており、どうやらそこで何かが起こり、音で危険を知らせるか救援を呼んでいるらしい。
 キーツが坑道の入口に辿り着いたとき、ドワーフたちは何やら相談をしていた。皆、一様に緊迫した様子だ。そこにストーンフッドの姿も見つけた。ストーンフッドは手に柄の長い鉄のハンマーを持ち、それを肩に担いだような格好で話し込んでいる。それは剣を鍛えるときに使う道具などではなく、武器として用いる戦槌<ウォー・ハンマー>であった。
「おい、何が起きたって言うんだ?」
 キーツは当然のようにストーンフッドに質問した。ストーンフッドは鋭い眼光を向け、キーツの身体を押しやるようにして、ドワーフたちの輪から遠ざけた。
「これは鉱山で働く、ワシたちドワーフの問題だ。余所者の人間は引っ込んでおいてもらおうか」
 身長こそキーツの半分くらいしかないが、力は互角かそれ以上であった。簡単に抗うことは出来ない。
「別に何が起きたかくらい教えてくれたっていいじゃんか」
「それを知ってどうする?」
「オレはダクダバッドとガリの戦争で傭兵をやっていたことがある。オレで役立つことが何かあるんじゃねえのか? 正直、このところ暇で、身体が鈍っているんだ」
「フン、人間とは酔狂な生き物だ。危険を楽しみと勘違いしておる」
「落盤事故か?」
「いや、化け物が出たらしい」
「化け物?」
 予想外なストーンフッドの言葉に、キーツの声は裏返った。
「地の底を掘り進んでいると、たまに化け物の巣へ出ちまうことがあるのさ。滅多にあるこっちゃないがな」
「じゃあ、奥にいるドワーフたちの救出と、その化け物退治に人手がいるな?」
「今、人選しているところだ。余所者は引っ込んでおれ」
「そうと聞いちゃ黙ってられないぜ! オレも加えろ!」
 キーツは血気盛んに名乗りを挙げた。やはり傭兵、戦いが恋しくなると見える。
「お前、つくづくバカだな」
 ストーンフッドは呆れ果てている。だが、キーツは真顔だ。
「第一、武器もないだろうが?」
 キーツの剣はストーンフッドに補修を頼んだままである。今は丸腰だ。キーツは昨夜のようにグラハム神父からメイスを借りようかと思ったが、あんなに重たい得物を扱えきれるか自信がない。他の物にしようかと思案していると、ちょうど坑道の入口に誰かが立てかけていったつるはしが目に入った。キーツはそれを手にする。
「こいつで充分だろう」
 ストーンフッドは頭痛を覚えた。
 しかし、キーツは本当につるはしを武器にして、坑道の化け物と戦う気らしかった。素振りなんぞ始めてみる。
「傭兵たるもの、武器を選んでなどいられないからな」
 言うことだけは一丁前である。ストーンフッドは嘆息した。そんなドワーフの肩をキーツがポーンと叩く。
「まあ、これはみんなが厄介になっている礼だと思ってくれ」
 一応、大勢で押し掛けたことに対して心苦しさを感じていたらしい。もはや何を言ってもムダのようだ。
「分かった。ただし、ワシも同行する。勝手に坑道内を歩き回れたらかなわんからな」
 ストーンフッドはそう言うと、すぐに他のドワーフたちに話をつけ、キーツに手招きして見せた。相変わらず鳴子は鳴り続けている。先程よりも鳴らす振幅が早くなったようで、助けを求めているドワーフたちがより危険な状態だと窺えた。
「急ぐぞ!」
 ストーンフッドは戦槌<ウォー・ハンマー>を両手に持つと、坑道へと突入した。キーツも続こうとしたが、先が真っ暗になっていて思わず足が止まる。
「ちょ、ちょっと待て! 真っ暗じゃねえか!」
 キーツは文句を言った。ストーンフッドが唸る。
「まったく、人間は世話がかかるな。暗闇も見通せないのか」
 ドワーフ族は元々、地中で暮らしていた妖精族なので、暗闇でも夜目が効いた。しかし、キーツは普通の人間だ。明かり一つない坑道を動き回れと言うのは酷な話である。
 入口のドワーフたちが半ば呆れた様子でキーツにランタンを渡してやり、ようやく再出発。それでもキーツにとっては心細い明かりには違いなかった。
 坑道はあちこちに、まるで迷路のように掘り進められていた。それをストーンフッドは少しの躊躇もなく進んで行く。最初、鳴子を鳴らしているロープを目印に進んでいるのかと思ったが、どの方角の坑道にもロープは伸びていた。もし今、キーツがストーンフッドを見失ってしまったら、きっと元来た道も分からなくなるに違いない。キーツは必死について行こうとしたが、なにせ坑道はドワーフの身長ならばともかく、人間で、しかも背の高いキーツにしてみたら身を屈めるようにして進まねばならぬほど天井が低く、歩幅からしてドワーフの足に人間の足が劣るわけがないのだが、どうしても遅れ気味になっていった。時折、天井から飛び出した岩の角に頭をぶつけ、涙目になる。
 それでもどのくらい進んだか。坑道は緩やかな坂道を辿り始め、周囲の壁も脆く崩れ出すようになっていた。まだ、この辺の壁は補強されていないのだ。ということは、最近、掘ったばかりと言うことになる。それは、つまり──
 進行方向より、複数名の男の怒号が聞こえてきた。どうやら現場に近づいてきたらしい。坑道はややカーブしているので、その先を見通すことは出来なかったが、ドワーフたちはかろうじて無事のようであった。
「無事か!?」
 ストーンフッドが大声で問いかけた。だが、向こうはパニックの真っ只中で、聞こえていても返事をする余裕がないらしい。
「行くぞ」
 ストーンフッドは一度、後ろのキーツを振り向いてから、突進していった。キーツもそれに続く。
 ようやくキーツの持つランタンの明かりに、四、五人のドワーフたちが照らし出された。そして、彼らに襲いかかっているものは──


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