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キーツは思わず、救助に志願などしなければ良かったと後悔した。実際、キーツは傭兵であって、人間相手の戦いは慣れているものの、モンスターとの戦いには慣れていなかったのである。それはまさに化け物であった。
大ムカデ。
ほぼ坑道一杯に体をめり込ませて、こちらの方へ前進してくる様は、見た目にもおぞましかった。牙のような口をガチガチと鳴らし、ドワーフを獲物にしようと襲いかかる。幸い、坑道の狭さが大ムカデの前進を防ぎ、その速度は緩いが、周囲の壁は脆く、いつそれらを崩しながら突進してくるか分からない。
「ぬう……」
ストーンフッドも一声呻いたまま、身構えて動かない。彼すらも遭遇したことがないほどの大物だったのだろう。
「早く逃げろ」
それだけの言葉をようやく言うと、ドワーフの鉱山夫たちはストーンフッドとキーツの脇を抜けて、入口の方へと逃げていった。もちろん、ストーンフッドとキーツはここで踏み留まって、大ムカデを退治せねばならない。二人は腰を低く落とし、武器を構えた。
ガチガチガチガチガチガチッ!
大ムカデは目の前に立ちはだかる二人を、獲物と言うよりも敵として認識したらしかった。一瞬、移動をやめて、二人に対峙する。
「来るぞ!」
次の瞬間、大ムカデは物凄い勢いで突進してきた。周囲の壁や天井が崩れ、キーツたちは砂をかぶる。だが、眼は大ムカデからそらすわけにはいかなかった。
「フンッ!」
「でやああああっ!」
キーツとストーンフッドは、ほぼ同時のタイミングで武器を振り下ろした。ガツンと硬い手応え。だが、大ムカデの硬い甲皮を貫くことは出来なかった。
ザザザザザザザッ!
二人は大ムカデの突進をまともに身体で受ける結果になってしまった。かろうじて大ムカデの牙の一撃を逃れるが、身体ごと大ムカデの頭部に乗りかかるような状態になる。今の体当たりは強烈だった。
それでも振り落とされまいと、特大サイズの触角にしがみついたのは、両者共にさすがであった。もし、振り落とされていれば、再び大ムカデの餌食になっていたか、下敷きとなってミンチ同然にされていたことだろう。必死だった。
大ムカデは狂ったように坑道を突進した。先程の鉱山夫たちはうまく横道へ逃れたのか、大ムカデに追いつかれた様子はない。もっとも今のキーツたちにそんなことを気遣っている余裕など微塵もなかったが。
「ど、ど、どうすんだよ、これから!?」
キーツは声を大にしてストーンフッドに訊いた。当然、彼なら対処法を知っていると思ったからだ。だが──
「ワシが知るか!」
と怒鳴り返され、キーツはずり落ちそうになった。
「だって、何度か退治したことあるんじゃねえのか!?」
「こんなデカ物は初めてだ! コイツの十分の一くらいなら、いくらでも始末したことがあるが……」
確かに十分の一サイズでも、普通のムカデに比べれば化け物サイズには違いないだろう。
「じゃあ、これからどうすりゃいいんだ!?」
「だから、知らんわ!」
不毛なやり取りだった。
だが、突進は突如、止まった。大ムカデの体が補強された坑道の壁に達し、つっかえたのである。その弾みでキーツとストーンフッドの身体は前方へ大きく投げ出され、坑道に転がった。
「痛てッ!」
「あたたた……」
二人は全身がバラバラになるかという痛みに、なかなか起きあがれなかった。だが、このまま倒れ込んでいては、いつ大ムカデが補強された坑道さえ壊しながら襲いかかってくるか分かったものではない。すでに手にしていた武器はどこかに落っこどしており、身を守る物は何もない。逃げるのみだ。
キーツとストーンフッドは歯を食いしばって立ち上がった。
バキッ! メキメキッ!
凄い音がして、坑道の壁を補強していた板がひび割れた。大ムカデが力任せに動こうとしているのだ。
対して、キーツとストーンフッドの身体は思うように動かない。
ここまでか──と思った刹那、助けが現れた。キーツとストーンフッドの頭の上を氷の矢が飛来し、大ムカデの頭部にヒットしたのだ。大ムカデの頭部はたちまち凍り、動きが鈍くなる。
それは白魔術<サモン・エレメンタル>の冷却呪文フリーズ・アローだった。
「ウィル!」
キーツは坑道の入口方向に漆黒の吟遊詩人の姿を認めた。