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[第十五章/−1 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第十五章 死を呼ぶ地下回廊(1)


 鮮血が石畳の床を赤く染めた。
「浅かったか」
 ウィルの腹部を切り裂いたソロは、舌打ちしながら呟いた。
 ウィルは身体を回転させるようにしながら、ソロの一撃を軽減していた。しかし、ソロの半月刀によって深手を負わされたのは確かである。こうして、今もやや前屈姿勢ながら立っていられるのは、ウィルならではの強靱な精神力のたまものだ。
 ウィルの腹部より、血はとめどなくあふれた。
「だが、次の一撃で仕留めさせてもらう!」
 ソロは真っ向からウィルに仕掛けた。
 ウィルが呪文の詠唱に入る。
「ベルクカザーン!」
 だが、魔法が発動しない。
「ムダだ! お前の両腕にはめられている手枷は、古代魔法王国時代のもの。魔法が使える者を投獄するときに、必ず使われていたものだ。でないと、せっかく捕まえても魔法で脱走されてしまうからな。その手枷を外さぬ限り、お前の魔法は使えない!」
 シュナイトは笑みをこぼしながら、ウィルに説明してやった。
「だとさ! 残念だったな!」
 ソロの凶刃が迫る。
 キィン!
 ウィルは手にしていた《光の短剣》で、ソロの半月刀を受け止めた。しかし、今の傷ついたウィルでは、それを跳ね返すどころか、受け流すことも出来ない。まともに吹き飛ばされて、床に叩きつけられた。
「ハッハッハ! いいザマだ! 魔法を封じられては、手も足も出まい!」
 ソロは勝ち誇ったように、ゆっくりと倒れているウィルへと近づいた。
 ウィルはなんとか上半身を起こそうと試みるも、なかなか身体が言うことを聞かない様子だった。元々、青白い相貌が血の気を失って、より青ざめて見える。瀕死の吟遊詩人に逆転の秘策は残されていないのか。
「その首、もらったぁ!」
 ソロは大きく半月刀を振るった。
 ──と。
 突然、石のつぶてが風に舞い上げられるようにして、ソロへと襲いかかった。ソロは慌てて飛び退く。その石のつぶては、空中に集まり始め、何かの形を作りだした。
「何だ!?」
 ソロは驚愕して、石つぶての作り出すものを見た。それは次第に人の形のようなものに変化し、背中には翼まで生えていく。その姿に、さすがの鈍いソロでも思い当たった。
「ガーゴイルだと!?」
 ソロの言葉通り、石つぶてはガーゴイルを作りあげた。それもドラゴンの巨体を思わせる大きさで。
 石つぶてもただの石ではなかった。先程、ウィルが粉砕していったガーゴイルの彫像の破片だったのである。倒されたガーゴイルが復活した。それも一体の巨大なガーゴイルとして。
「シュナイト兄ィ、これはどういうことだ!?」
 思わぬ敵の出現に、ソロはシュナイトに問うた。だが、シュナイトも巨大なガーゴイルを見て、驚いている様子だ。
「オレにも分からん! 一度、倒されたガーゴイルが再生し、しかもこのように巨大な姿になるなんて! 少なくとも、この遺跡の防衛機能にはない!」
「じゃあ、ヤツの仕業なのか!?」
「バカな! それこそあり得ん! ヤツの魔法は封じているのだぞ!」
 二人は巨大ガーゴイルの出現に焦っていた。これをどう説明すればいいと言うのだ。
 だが、そんなことをガーゴイルが待っていてくれるはずもなかった。シュナイト目がけて上空から右手を振り下ろす。
「くっ!」
 シュナイトはすんでのところで避けた。ガーゴイルの一撃は床に大きな穴を開ける。まともに喰らえばペシャンコだ。
 次はソロへだ。巨大な尻尾がソロをなぎ倒そうと振るわれる。ソロは空間移動で姿を消し、攻撃を回避した。
 二人への攻撃をいずれもかわされたガーゴイルは、再び空中に舞い上がった。その翼が巻き起こす風だけでも、二人の身体は飛ばされそうになる。
「ええい、消し炭にしてくれる! 《黒き炎》!」
 シュナイトは自身の特殊能力を発動した。だが、黒い炎はガーゴイルの体に点火せず、何の効果も得られない。
「何だと!?」
 あり得なかった。シュナイトの能力は、相手が人間などの生物に限らず、何でも燃やすことが出来たはずなのだ。それがガーゴイルに効かないとは。
「オレが砕いてやる!」
 ソロは再び空間移動を使い、空中を飛翔するガーゴイルの首の後ろに現れた。そして、大きな半月刀を振り下ろす。
「!」
 だが、何の手応えもなかった。それどころかガーゴイルの体を素通りして、ソロはそのまま落下してしまう。まるで幻だったかのように。
「そうか!」
 それを見たシュナイトは、この巨大ガーゴイルの正体を悟った。そして、回廊の柱に向けて、《黒き炎》を放つ。柱は砕かれ、轟音と共に崩れた。
 すると、巨大ガーゴイルの姿が霞むように消えていった。床に降り立ったソロがそれを見て、目を剥く。
「どういうこった、これは!?」
「ヤツにしてやられた。あのガーゴイルは幻だったのだ」
「幻? しかし、ヤツは魔法が使えなかったんじゃ?」
「ヤツは吟遊詩人だと言っていたな。吟遊詩人は魔法の楽器を手にすることで、魔法と同様の効果を得られると聞く。ヤツの楽器もそういったものなのだろう。ならば、あの手枷の影響は受けずに、オレたちに幻を見せることなど容易いはず。その間にヤツは逃げたのだろう」
「なるほど。しかし、兄ィはどうやってその幻を消したんだ?」
「柱を崩す音で、ヤツの奏でる曲をかき消したんだ。もちろん、オレたちにヤツの曲を聴いている自覚などなかったがな」
「畜生、やってくれるじゃねーか」
 ソロは悔しそうに顔を歪めた。ウィルをあと一歩のところまで追いつめていただけに残念だった。
「あの身体だ。まだ、そう遠くへは行っていないだろう」
 シュナイトは冷静に判断を下した。それを聞いて、ソロの目が爛々と輝く。
「よし、オレはヤツを追うぜ。このチャンスを逃す手はねえ」
「お前の空間移動ならば、ヤツに追いつくのは可能だろう。しかし、空間移動はあらかじめ出現地点を決めて移動するもの。通り過ぎては意味がないぞ」
「出口は一つしかないんだ。先回りしておけばいいんだろ?」
 言うが早いか、ソロは空間移動で姿を消していた。
 そんな弟にシュナイトは苦笑するしかなかった。
「ヤツがオレたちと同じ所から入ってきたのならな」


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