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[第十五章/− −4−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第十五章 死を呼ぶ地下回廊(4)


 夕刻近くになって、バルバロッサの城にマインが戻った。
 結局、カシオスを出し抜いて手柄を立てることは出来なかったが、どうにもデイビッドの尋常ではない様子が気にくわない。小屋の中で追いつめたとき、チックとタック相手に抵抗したが、あれは勇猛と言うよりも無謀と言った感じであった。面識はないが、カシオスの父バルバロッサが、他の兄たちよりも後継者にしたがったくらいの子供であるはず。イメージとしては、もっと聡明な子供という感じだったのだが、あんな山猿のような子供であれば、ゴルバやカシオスの方がまだマシというものではなかろうか。
 それにしても肝を冷やしたのはキーツとの再会だ。てっきりガリの森で死んだと思っていただけに、この再会は予想外だった。だが、別に復讐に狂ったキーツがかかってきても、マインはやられることなど考えてはいない。剣の腕なら自分の方が上であるという自負もある。今度会ったときには、返り討ちにしてやるだけだ。
 街の酒場で憂さを晴らし──街の者たちは遠巻きにして相手にしなかったが──、意気揚々と引き上げてきたマインを出迎えたのはハーフ・エルフのサリーレだった。剣呑な目でマインの顔を見つめる。
「よお、出迎えご苦労だな」
 酒臭いマインの息に、サリーレは顔をしかめた。
「デイビッドをさらってくると言っておきながら失敗し、挙げ句には酒を飲んで酔っぱらう始末かい? とことん見下げた男だね」
「うるせえ。今から女房気取りかよ?」
「バカ言ってんじゃないよ。カシオスがお待ちかねだよ」
 サリーレの言葉に、マインの表情が強張った。
「何? サリーレ、お前、喋ったのか?」
「当たり前だろ? 頭領に報告するのは部下の務めさ。さあ、シャキッとして行くんだね」
 マインは途中、水の入った樽に頭ごと突っ込み、酔いを醒ました。イヌのように顔を振って、水をはねのける。そして、両手で頬を叩き、気合いを入れた。
「よし、行くか」
 カシオスは執務室で待っていると言う。今、ゴルバ、マカリスターを含めて、今後について協議しているらしい。
 マインは深呼吸を一つしてから、執務室のドアをノックした。
「入れ」
 中からゴルバの声がし、マインはサリーレと共に中に入った。ゴルバ、マカリスター、そしてカシオスの眼が一斉に集まる。
「只今戻りました」
 マインは直立不動の姿勢を取り、一同に告げた。ゴルバとマカリスターから苦笑が漏れる。カシオスは──表情は包帯に隠れ、窺うことは出来ない。
「すまないが、これは我らのこと。兄者とマカリスター卿は席を外してくれないか」
 カシオスの言葉に、ゴルバもマカリスターも、あっさりと退出していった。残ったのはカシオスとマイン、それにサリーレの三人。
「すでにサリーレとチック、タックから事情は聞いている。他に言っておくことはないか、マイン?」
「ないね」
「そうか。ならば、今後一切の独断専行を禁じる。いいな?」
「待てよ、カシオス! オレは傭兵上がりだ! 手柄を立ててなんぼの人間だ! そのオレの動きに嫉妬して、動くなって言うのか!?」
 マインは正面切って、カシオスに噛みついた。ここまで己の激情をぶつけていったのは、初対面の時以来である。
 カシオスはそんなマインを見下すようにした。
「嫉妬だと? そんな捉え方しか出来ないから、お前は大きくなれないんだ。いいか? お前の失敗は、お前一人の問題ではないんだ。特にデイビッドに関する問題はな。デイビッドに兄者のしたことを全てバラされたら、オレたちはセルモアの住民たち全てを敵に回すことになるんだぞ。そのときは、お前の得意な武力で押さえつけるか? もちろん、我らの力が上回るに決まっている。しかしな、街の者を敵に回して、誰がミスリル銀鉱山を掘り進める? 誰が街の者たちから税を徴収する? オレたちが出来ることなど、殺し合いしかないのだ! 人が生きていくのに必要なものは、街の者たちが握っているというこの事実を、お前の頭では考えつかないようだな!」
 カシオスに叱責され、マインは唇を噛んだ。自分の愚かさを指摘されて、心穏やかにいられる者などいない。
「き、き、貴様〜ッ!」
 マインの怒りに、いち早く気がついたのはサリーレだった。
「マイン、やめな!」
 だが、遅かった。
 マインは背中の段平を抜くと、目の前のカシオスに斬りかかった。まだウィルとの戦いで傷も癒えないカシオスは、それを見ても動けない。
 ──いや、動く必要がなかったというのが正しいか。
 マインの段平は、頭上に振りかぶったところで制止していたのだから。
「くっ!」
 マインは別に自らの意志で攻撃を中止したわけではなかった。手が勝手に動かなくなったのだ。
「いくら頭の悪いお前でも、オレの力は知っているな?」
 カシオスは念を押すようにマインに言った。もちろん、カシオスの言う力とは、自分の髪の毛を自在に伸ばし、操ることで、遠くにいる者の首を絞めたり、死体を意のままに動かしたりすることだ。
 マインは恐怖におののきながらもうなずいた。
「ならば知っておくがいい。オレの髪の毛は、山賊団の者たち全ての首に結びつけてある。もし、裏切ろうなどという気を起こせば、即座に息の根を止めることも可能なんだぞ。お前たちの命は、常のオレの手中にあると心得ておけ」
「わ、分かった……」
「次はないと思えよ、マイン」
 そう言うや否や、マインの身体の硬直が解けた。カシオスが術を解いたに違いない。
 マインは床に四つん這いになると、脂汗を滴り流しながら、荒い息をついた。
 カシオスはそんなマインに一瞥を与えてから、執務室を出て行った。
 その後に続いて、サリーレも出てくる。サリーレは立ち去ろうとするカシオスの背中を呼び止めた。
「カシオス、あたいにはそんなものを巻きつけていないよね?」
 サリーレの問いに、最初、カシオスは答えなかった。サリーレは不安に動揺する。
「カシオス?」
 再び名前を呼ぶサリーレに、カシオスは振り返った。
「当たり前だ。安心しろ」
 その言葉を聞いて、サリーレはホッと胸を撫で下ろした。
 だが、正面に向き直ったカシオスの口元は、包帯に包まれていながらも、笑みを形作っていなかったか。
(もちろんだとも、サリーレ。お前の首にもオレの髪の毛が巻きつけてあるさ。だから、決して裏切るなよ)


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