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「いや〜っ!」
ウィルが息をしていないことに気がついたアイナは、思わず悲鳴をあげた。その悲鳴に、小屋の中にいた全員が振り返る。
「どうした!?」
キーツが一番に、何事が起こったのかと、アイナの肩をつかんで尋ねた。そのアイナの肩は震えている。
「ウィルが……ウィルが死んでいる……」
「何だと!?」
キーツも即座にウィルの心臓の鼓動を確かめた。だが、アイナの言うとおり、心臓は停止していた。
「おい……マジかよ……」
あの大ムカデを難なく魔法で片づけた美貌の吟遊詩人が、このように呆気なく死んでしまうとは、キーツには信じられなかった。この男に限っては、世界が滅んでも生き残りそうなくらい人間離れしたところがあったのに。
ストーンフッドはウィルの死を告げられて、静かに目を閉じた。ウィルを地下回廊で助けたレイフも、落胆したように視線を落とす。
グラハムとキャロルだけが、顔を見合わせて、口の動きだけで会話を交わしていた。見ていると、キャロルが少し怒ったような調子で、グラハムがすっとぼけたような顔だ。
小屋の中では、その二人を除いて、悲しみに包まれた。
アイナの目からは涙もこぼれる。
それを見て、我慢できなくなったのはキャロルだった。
「もお、神父様! いつまで黙っているつもりなんですか!?」
頬を膨らませたキャロルに睨まれ、グラハムは頭をクシャクシャにかきむしった。
「あー、別にオレはだまそうと思っていたわけじゃないぞ。ただ、この騎士の兄ちゃんのこともあったから、言いそびれていただけだ」
「みなさん、こんなに悲しんでいるじゃないですかー」
「そうやってオレを悪者にするな、キャロル」
「何だ? どういうことだ?」
グラハムとキャロルの会話を聞いたキーツが、事情の説明を要求した。アイナも涙を拭って、グラハムに注目する。
一同の視線を一身に浴びて、グラハムは居心地が悪くなったようだった。
「だから、つまりだなぁ、ウィルがこうなったのはオレがしたからで──」
「お前が!? 何をしたって言うんだ!?」
いきなりキーツにつかみかかられて、グラハムはもがいた。
「何しやがる!?」
「それはこっちのセリフだ! お前、まさかウィルを治療するフリをして、助けなかったんじゃないだろうな!?」
返答次第では、キーツはきっと殴りかかっていたに違いない。
「バカ野郎! オレがそんなことをするか! オレはただ、薬で仮死状態にしてやっただけだ!」
「仮死状態?」
キーツのおつむでは理解できない言葉だった。
ここで一番、学があるのはレイフだ。
「仮死状態。つまり、一時的に死んだ状態にするってことですね?」
青年騎士の言葉に神父はうなずいたが、まだ元傭兵は理解できない。
「どういうこった?」
「あーっ、説明する前に、鬱陶しいから放しやがれ!」
グラハムは半ば強引にキーツの手を振りほどいた。そして、喉を潤そうと、酒瓶に手を伸ばそうとしたが、その前にキャロルに取り上げられてしまう。
「みんなに話すのが先!」
「チッ!」
グラハムは苦虫を噛み潰したような表情を作ると、先程、ウィルに飲ませた薬を手にして、一同に見せた。
「これはオレが作った薬の中でも、秘薬中の秘薬で、その調合を教えるわけにはいかないが、数種類の毒を混ぜたものだ。これを人間が飲むと、間もなく身体の機能が低下し、やがては停止する」
「悪いが、もうちょっと分かりやすく説明してくれないか?」
キーツがデキの悪い生徒よろしく、さっぱり分からないという顔をするので、グラハムは大袈裟なため息をついた。
「平たく言えば、一度、死ぬのさ。だが、一日経つとその効果はなくなり、以前と何ら変わることなく生き返る」
「それをウィルに飲ませたって言うの?」
アイナは訝しげに質問した。そんなことをして何の得になるのか、アイナにも分からない。
「ああ、飲ませた。と言うのも、一応は治療したものの、ここに運び込まれるまでの出血で、消耗が激しかったからな。このまま安静にしていても、それだけで危険な状態だ。ならば、いっそのこと仮死状態にし、身体への負担をなくした方がいい」
「なるほど」
深くうなずいたのはレイフ一人だけだったが、他の者は皆、それ以上の無知をさらそうとはしなかった。とりあえず納得したフリだ。
説明を終えたグラハムは、キャロルのお許しが出て、再び酒瓶に手を伸ばし、ようやく喉を潤すことが出来た。
「でも──」
新たな疑問が浮かんだのはレイフだった。「仮死状態にしたのは体力の消耗を避けるためとおっしゃいましたが、同時に仮死状態では治癒能力も働かないのではないですか?」
グラハムはレイフの指摘に、ニヤッと笑った。
「その通りだ。これは、いわば時間稼ぎみたいなものだな」
「時間稼ぎ?」
「この間に、強力な回復薬を手に入れてくるのさ」
「それがあれば、ウィルは助かるのね?」
パッと顔を輝かせたアイナが割り込む。
「ああ。薬が手に入ればな」
「どこにあるの? 教会? それとも、これから材料をかき集めるとか?」
「いや、オレにはそんな薬は作れねえ。何たって、それは魔法の薬<マジック・ポーション>だからな」
「じゃあ、どこに?」
ここでグラハムは一拍おいた。ためらったと言うよりは、呼吸を整える間が欲しかった。
「それは──領主バルバロッサの城だ」