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「オレは、シュナイト兄ィを呼びに地下室へ行って……それから……うっ、記憶がねえ……気がついたら、見知らぬ場所でヤツと戦っていた……」
「ヤツ?」
「吟遊詩人だ……デイビッドを助けた魔法の使い手……」
「デイビッドを?」
状況は分からないが、デイビッドを助けた人物とソロが戦ったと言うことは、デイビッドはまだこの街にいるのかも知れないと、パメラは考えた。そして、まだ無事なのだ。
だが、ソロは記憶を所々、失っており、一人苦しんでいた。それも額の赤い光のせいだろうか。
「ヤツに深手を与えた……しかし、逃げられた……あそこは一本道だったはずなのに……」
「もういいわ、ソロ。無理に思い出さなくても」
これ以上、ソロが苦しみの呻きを漏らしていたら、外に立っている兵に気づかれてしまうかも知れない。パメラはうずくまってしまったソロを助け起こし、ベッドに座らせた。
「ソロ、私をここから連れ出して」
「何だと?」
パメラの言葉に、ソロは痛みも忘れて問い返した。
「あなたのその能力があれば、私を外に連れ出すのは簡単でしょ?」
「お前を逃がして、その後はどうするんだ? 兄者はきっと血眼になって、お前を探すぜ。それに鍵のかかったこの密室から姿を消したとなれば、オレが真っ先に疑われるに決まっている。オレの新しい力を兄者が知らなくても、こんなマネが出来る人間は限られるからな」
ソロの言うことは正しかった。ゴルバが生きている限り、パメラが安穏に生きられる場所はないだろう。
「じゃあ、早くゴルバを殺して」
かつて愛していた男を殺してと願う女。自分でも業が深いとは思うが、今のパメラの生き甲斐はデイビッドだけだ。それを守るためには悪魔にも魂を売る。
「分かっているさ。兄者を殺ってやる。──だが、その前に」
ソロはおもむろにパメラの胸を鷲掴みにした。
「な、何を……!?」
パメラは狼狽した。今のソロの眼には、欲情の炎が燃えている。
「こっちは危ない橋を渡ろうとしているんだ。事前に報酬をもらわないとな」
「それはゴルバを殺して、デイビッドと会わせてくれたらと──」
「手付けってヤツだ。すべてが終わったら、存分に味あわせてもらう」
ソロはニヤッと笑うと、姿を消した。
「あっ……」
寝間着の内側から乳房を揉みしだかれ、パメラは喘ぎ声を漏らした。だが、ソロの攻めはそれだけで終わらない。下腹部へもおぞましい感覚が走る。それはソロの舌だった。
パメラはソロの愛撫に身悶えた。その姿が見えないというのも興奮を誘う。まるで透明人間に犯されているかのようだ。
「あまり大きな声を出すなよ。扉の外で、兵士が聞き耳を立てているぜ」
ソロは下卑た笑いを含ませながら、パメラに注意した。
パメラはとうとう立っていられず、ベッドに横たわった。それでもソロの手と舌はついてくる。寝間着を着ていながらも、その下の淫靡な動きは止まらない。
「ああっ……イヤッ……」
パメラはベッドの上で、一人、身をよじった。必死に声を堪える。これもデイビッドのためだと自分に言い聞かせながら。
マカリスターは熊のように、戻ってきた執務室の中を歩き回っていた。苛立ちが足にも表れ、せかせかと速くなっている。レイフに逃げられたという報告を聞いてから、ずっとだった。
ゴルバはそんなマカリスターを時折、眺めながら、のんびりとワインを傾けていた。
「少しは落ち着いてはいかがかな?」
ゴルバはやんわりと言った。
だが、マカリスターは頭に血が昇ったままだ。
「落ち着けですと!? レイフが逃げたのですぞ! そんなに呑気に構えているわけにはいきません!」
マカリスターは唾まで飛ばして、まくし立てた。そんなマカリスターにゴルバは冷ややかな目を向ける。
「騎士の一人くらい、どうということもありますまい。それに捜索隊は出しています。──それとも、彼に命を狙われているのを恐れているのですか?」
「そんなことはない!」
マカリスターは痛いところを突かれ、声を荒げた。
日頃よりレイフを疎ましく思い、遠ざけてきたマカリスターにしてみれば、レイフが自分に恨みを持っているのではないかと考えるのは当然だった。すでに彼にはレイフという人間の本質が見えておらず、猜疑心ばかりが強くなっているのだ。ゴルバやカシオスの見立て通り、このマカリスターという男は小心者で、威圧すればこちらの言うことを聞いてくれやすいが、逆を言えば、ちょっとしたことで手の平を返す危険性も否めない。
ゴルバは、そんなマカリスターを狼狽えさせないよう、強く睨みを利かせた。その凄味にマカリスターは震え上がる。
「すまない、つい大声を上げてしまって……」
「いや、気にしていません。ですが、この城にいる限りは安心を。この城からはうまく脱出したかも知れませんが、この街から出るのはさらに難しい。捕まるのは時間の問題でしょう」
このとき、ゴルバはもう一つの可能性を考えていたが、それをあえて口にしなかった。
その可能性とは、レイフがドワーフの集落に身を隠すことだった。しかし、これはドワーフたちが簡単に見ず知らずの人間を受け入れるのは考えにくかったし、逃げたレイフにしてもノルノイ砦の騎士たちがセルモアの傘下に加わったことを、一刻も早く、王都に知らせたいはずで、潜伏を選択するとは思えなかった。
まさかレイフがウィルを助けたことによってドワーフの集落を訪れ、そこに身を隠しているデイビッドを守ろうと決意していることなど、夢にも思わなかったのは致し方ないところだろう。
ゴルバがマカリスターに落ち着くようワインを注いでいると、執務室のドアがノックされた。
「誰だ?」
「オレだ」
その声は、ゴルバにとって懐かしいものだった。まさか、と立ち上がる。
ドアが開かれ、入ってきたのは、二年前に戻ってきてから、ずっと地下室に閉じこもっていたゴルバの弟シュナイトだった。