[←前頁] [RED文庫] [「神々の遺産」目次] [新・読書感想文] [次頁→]
アイナ、キーツ、グラハムの三人は、息を殺して、地下室の中でジッと待った。扉の外では、何人かが慌ただしく降りてくる音が聞こえ、剣や鎧の金属が触れ合う音が響く。騒がしい音は扉の前で一旦、消えると、しばしの沈黙が支配した。きっとタイミングを計っているのだろう。
それを三人は扉の前で待ちかまえた。聞こえてきた足音からしても、こちらより人数が少ないとは思えない。だが、簡単に捕まるつもりは毛頭なかった。
バン!
扉が蹴破られた。
城の兵士たちが雪崩れ込んでくる。
アイナはその先頭に立っている兵士に向けて、左腕に装着したクロスボウを放った。
「ぎゃーっ!」
矢はアイナの狙い通り、兵士の右手拳に突き刺さった。武器を振りかざしていた利き腕である。いくら至近距離とは言え、小さく、なおかつ動いている標的を正確に射抜くアイナの技量は、驚嘆すべきものだった。
先頭の兵士は当然ながら武器を取り落とし、戦意を喪失した。その突進が止まる。すると狭い扉の入口だ。後ろから続く兵士が先頭の男にぶつかり、たたらを踏んだ。
扉の両側で待ちかまえていたのはキーツとグラハムだった。相手の動きが鈍ったのを見逃さない。
「そりゃ!」
グラハム愛用の戦槌<メイス>の重い一撃が、後続の兵士の顔面を襲った。グシャリ、という嫌な音をさせて、鼻が潰れ、後方へ吹き飛ばされる。恐るべき破壊力。その兵士の身体を受け止めた仲間たちも、よろめくほどだった。
「じゃあ、次はオレの番だな」
扉の前に一歩進み出たのはキーツだった。ムダのない動きで剣を抜く。
アイナもグラハムも、キーツが剣を振るうのを見るのは初めてだ。どんな剣捌きを見せてくれるのか。
だが、それよりも目を奪われたのは、キーツが抜いた剣だった。それはキーツの体格からすると小剣<ショート・ソード>ぐらいの大きさであったが、驚くべきことに刀身がガラスのように透けた素材で出来ていた。実際はミスリル銀を加工したものなのだが、そう説明されても簡単には理解できないだろう。地下室の暗い照明に照らされた刀身は妖しい光をたたえていたが、明るい陽光の下ならば、きっと美しいに違いない。そう思わせるほど、武器よりは芸術品と称した方がふさわしい剣だった。
「かかって来な!」
キーツは手首だけの動きで、剣を振り回した。
アッという間に仲間を二人もやられた兵士たちは、三人の侵入者たちに恐れをなした。だが、数の上ではまだ兵士たちの方に分がある。ここで無様に逃げるわけにはいかなかった。
「やあっ!」
兵士の一人がキーツに斬りかかった。だが、それをいとも簡単に跳ね返されてしまう。腕前の差は明らかだった。
「踏み込みが甘い」
わざわざ相手の剣技を論ずるほどの余裕を見せて、今度はキーツが仕掛けた。横への一閃。
「! ──ぐわぁぁぁっ!」
相手兵士の動きが一瞬、止まったように見え、次の瞬間には右腕に深手を受けた。アイナやグラハムには、まるでキーツの剣に兵士が戸惑ったかのように見えた。
間髪入れず、傷ついた兵士の斜め後ろより、次の兵士が斬りかかってきた。それに対してキーツは、剣を下から振り上げるようにする。兵士はとっさに顔のガードを固めたが、キーツの切っ先は太腿を切り裂き、膝をくずおれさせた。
アイナやグラハムには不思議だった。キーツの攻撃は確かに鋭いが、それを防ごうとする相手の動きは躊躇したり、目測を誤っていたりする。これはどういうことなのか。
「オレの剣は防げないぜ」
キーツは自信満々に言い切った。透明な刀身が光を反射させている。
「まさか、その剣……」
それを見て、アイナは言いかけた。
キーツはまた手首を回しながら、
「そう。これがミシルの剣──《幻惑の剣》だ」
「《幻惑の剣》……」
「この剣は特殊な加工がされていてな。この透けた刀身が光を複雑に屈折させることで、相手に剣の動きを幻惑させるのさ。オレも詳しい原理はよく知らねえがな」
これこそが古よりエルフ族に伝わる《幻惑の剣》だった。ただ、どういう事情でハーフ・エルフのミシルの手に渡ったかは分からない。考えられるのは、ミシルの母親であるエルフが王族の血を引いていたことだが、そんなことは今のキーツにはどうでもいい。彼にとっては亡き恋人の形見であり、現在のパートナーなのだ。
「そんな特殊な剣なんで、ストーンフッドのオッサンに修繕を頼んでいたってわけさ。普通の刀鍛冶じゃ手に余る代物なんでな」
「それってさ……」
「フッ、オレのこと、惚れ直したか?」
戦いの最中だというのに、ポーズを作るキーツ。しかし、アイナは呆れ顔。
「別にキーツの腕前は関係ないってことだよね?」
「バカ言え! オレの腕前も加味されてるさ!」
剣そのものが相手を幻惑させるなら、素人でも扱えそうだと思うアイナであった。
「お二人さん。悪いが、まだ戦いの最中だ。こっちを片づけてからにしてくれ」
グラハムは残っている兵士たちに鋭い視線を向けながら、アイナとキーツを諭した。
「おっとっと、そうだったぜ。じゃあ、手っ取り早く終わらせるか」
キーツはそう言って、《幻惑の剣》を振り回した。アイナも次の矢をつがえる。
数の上では優位だったはずの兵士たちは、たちまち仲間たちを削られ、戦意が揺らぎ始めていた……。