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地下室より、断末魔のごとき悲鳴が響いた。
それを一階の階段入口で聞いたゴルバは、手にした悪魔の斧<デビル・アックス>を強く握りしめた。周りにいる兵士たちも気味悪そうな表情を見せる。何しろ、集まっている兵士たちはすべてセルモアの者たちで、カシオスの山賊団の連中やノルノイ砦の騎士は一人もいない。だから、全員が過去に起こった地下室での出来事を知っていたし、長く植え付けられた恐怖により、日頃から敬遠していた場所だ。そこからおぞましい悲鳴が聞こえてくるのだから、背筋が寒くならないわけがない。
だが、少なくとも侵入者がいることは確かで、そして、それは恐ろしい怪物などではなく、人間か、それに類する亜人種だろう。ならば必要以上に恐れる必要はないはずだ。ゴルバは自分に言い聞かせる。
そうだ。自分は父親のバルバロッサさえ殺したのだ。
バルバロッサの勇猛果敢さは、セルモアの街やブリトン王国内はもちろん、隣国にまで伝えられていたほどだ。その猛者をゴルバは倒したのだから、それに並ぶくらいの強さを誇っていい。
そして、手にしている悪魔の斧<デビル・アックス>が、敵を求めているのが分かる。血を欲しているのだ。新たな犠牲者を。新たな獲物を。
ゴルバは待ち続けた。
地下室には六人を向かわせ、ここにはゴルバを含めて八人残している。地下室に侵入者ありというのはシュナイトから知らされていたが、何人いるかまでは分からない。だが、城に忍び込むという行為を考えれば、大人数と言うことはないだろう。それに狭い地下では、こちら側が多くの兵士を送り込んでも効果が薄い。ある程度、戦力を分散して対処するのは定石と言えた。
しかし、待っているゴルバたちに聞こえるのは、つばぜり合いの派手派手しさではなく、男の悲鳴ばかりだ。もちろん、それだけでは敵のものか味方のものか判断がつかなかったが、悲鳴が何度も聞こえてくるのは、相手が相当の手練れで、送り込んだ部下たちが苦戦しているせいではないかと考えられる。そうでなければ、数にモノを言わせて速攻で侵入者を捕らえ、とっくに待機している兵士たちを呼ぶはずだ。
「助けてくれーっ!」
その悲鳴を最後に、地下は静かになった。どうやら決着がついたらしい。
助けを呼ぶ悲鳴を発したのは仲間ではないかと、ゴルバはもちろん、他の兵たちも考えていた。でなければ、こんなに静かになるのはおかしい。
「ゴルバ様」
兵士の一人がゴルバに指示を仰いだ。全員で地下へ突入すべきか。だが、先に降ろした兵たちの二の舞になる恐れもある。とにかく相手の人数、技量が分からない。
「全員、ここで待機だ。出口はここしかないのだからな。いずれは上がってくるはずだ」
ゴルバは部下たちにそう言って、悪魔の斧<デビル・アックス>を構え直した。
もし、ゴルバが地下室の抜け穴のことを知っていれば、そのような指示を出さずに、一気に突入していただろう。だが、地下回廊に通じる抜け穴が地下室にあることなど、ゴルバが知る由もなかった。
一方、地下室のアイナたちは、この城から逃げ出したレイフによって、抜け穴の存在を知っていた。階段の上で敵が待ちかまえているのは確実な今、他の出口は地下回廊しかない。もちろん、地下回廊にもどんな危険な罠が仕掛けられているか分からなかったが、レイフが抜けてきたくらいだ。三人が力を合わせれば、同じルートでミスリル銀鉱山の坑道へ出ることは可能だろう。
しかし、予定が狂った。隠し扉を開けるスイッチを発見しても、作動しなかったのである。
まさか、このときすでにシュナイトが、ウィルという余所者の侵入を受けて、隠し扉をロックしていたことなど、さすがの三人も知らなかった。
結局、残された出口は一つだけだった。
三人は音を立てないよう気をつけながら、階段を上った。普段、地下への階段は使わないせいか、足下を照らす明かりは灯されていない。それはポッカリと暗闇を作り、階上で待つゴルバたちからは、アイナたち三人の姿は見えなかった。
一階まで十数段のところで、三人は一度、止まった。待ちかまえる兵士の姿がチラチラと見える。だが、大勢で取り囲んだ様子はない。これならば突破できるだろう。手筈は打ち合わせしてある。互いの呼吸だけでタイミングを計った。
まず、グラハムが階段を駆け上がった。大盾<ラージ・シールド>で防御態勢だ。それにキーツも続く。
その足音に驚いた兵士が、何事かと地下への階段を覗き込んだ。すかさずアイナがクロスボウを発射。下手をすれば、前を行くグラハムとキーツに当たりかねないが、そこはアイナの腕前の良さ。矢は紙一重で二人の横をすり抜け、覗き込んだ兵士の右肩に突き刺さった。
「ぐあっ!」
のけぞって兵士が床に倒れ込むのと、グラハムとキーツが階段を登り切ったのは同時だった。
階段の暗闇の中から現れた侵入者たちに、対処していたはずの兵士たちが、一瞬、驚いた様子を見せたのも仕方のないところか。まさか無謀にも敵陣に斬りかかってくるとは夢にも思っていなかったに違いない。
だが、グラハムとキーツの性格からすれば、これは常套手段と言えた。もちろん、多少の人数と斬り結ぶことが出来る自分たちの腕を信じていればこそだ。
グラハムとキーツの不意打ちに、たちまち二人の兵士が昏倒させられた。右肩を射抜かれた兵士も除けば、残り五人。
しかし、そのうちの一人は異形兄弟の長兄ゴルバだった。
「ぬああああっ!」
悪魔の斧<デビル・アックス>を軽々と扱いながら、ゴルバは近い方のグラハムに襲いかかった。グラハムはそれを後ろに跳ぶようにしてかわす。
「貴様がゴルバか!?」
グラハムは攻撃に備えながら、ゴルバに尋ねた。
「いかにも、オレがセルモアの次期領主ゴルバだ!」
一撃をかわされても特に驚嘆することもなく、ゴルバはグラハム神父に殺気のこもった眼を向けた。筋肉が盛り上がる。それはまるで、手応えのある敵と出会えて、喜んでいるかのようだった。
それはグラハムにしても同じ様子だった。昔の血が騒ぐようだ。
「次期領主だと!? 父殺しの男が何を言う!」
グラハムの言葉に、ギョッとした兵士たちも少なくなかった。全員がゴルバ子飼いの部下ではなかったのだ。
ゴルバは一瞬、顔色を失ったが、剛胆な性格は父譲りだ。
「この期に及んで何を言う! 父を殺し、デイビッドを連れ去った上に、オレの命まで奪いに来たのだろう!」
とっさの芝居だったが、部下たちの信頼をどれほど回復できたものか。だが、そんなことは後でどうにでもなることだ。こうして賊が侵入した事実は、バルバロッサの死を伝えたゴルバの言葉を裏付けることにもなる。すべての罪をグラハムたちに着せることが出来れば、事態の収拾を図れるという打算が、即座に働いた。
「おのれ! 貴様だけは許せん!」
グラハムは自らゴルバに突進した。
「お、おい!?」
それに慌てたのはキーツと、遅れて階段から姿を現したアイナだった。手筈では一階の待ち伏せを突破したら、一目散にバルバロッサの寝室へ逃げ込み、そこから脱出するはずだったのだ。だから、ここで時間をかけるのは愚策である。
「うりゃああああっ!」
グラハムは重い戦槌<メイス>を振り上げ、ゴルバに襲いかかった。得物の重量とグラハムのパワーが加味されれば、それは恐るべき破壊力となる。当然ながら、ゴルバもそれをまともに受けるつもりはなかった。
ゴルバは右へステップするように避けると、すかさず悪魔の斧<デビル・アックス>を横薙ぎに振るった。
ブゥン!
ガッ!
グラハムも百戦錬磨の男である。ゴルバの攻撃は読み切っていた。ガッチリと脇を固めるように、大盾<ラージ・シールド>で防御する。
しかし、それがただの戦斧<バトル・アックス>であれば防げたであろう。不運だったのは、ゴルバの得物は呪われし武具である悪魔の斧<デビル・アックス>であったことだ。
「!」
大盾<ラージ・シールド>を持つ左腕に、今まで体験したこともない衝撃が襲った。しっかりと腰を落とし、攻撃を受け止めたつもりのグラハムだったが、まるで巨人族<ジャイアント>に殴られたかのように身体は宙を飛んだ。