[←前頁] [RED文庫] [「神々の遺産」目次] [新・読書感想文] [次頁→]
キーツの後を追いかけながら、アイナは後ろ髪の引かれる思いだった。グラハムはたった一人で大丈夫だろうか。やっぱり戻って、助けた方がいいのでは。第一、戻ってからキャロルに何と言えばいいのか。キャロルにすれば、グラハムは父親のカタキかも知れないが、それを知らずに過ごしてきて、今では実の親子以上の関係なのだ。それを自分が巻き込んだために壊してしまうなんて。
「おい、早くしろ!」
いつの間にか遅れてしまっていたらしい。キーツが階段の途中で立ち止まって、アイナを待っていた。
キーツに戻ろうと、言おうか言うまいか悩んでいると、アイナはその後ろに人影があるのに気づき、クロスボウをスタンバイした。そのアイナの動きを見たキーツの反応も早い。
「上に誰かいやがったか!?」
キーツは《幻惑の剣》を抜いた。
だが、相手は特に身構える様子もなく、悠然と降りてきた。
「君たちか、オレの部屋に無断で入り込んだのは」
その人物はフードつきの黒いローブを着ており、魔術師風に見えた。だが、声からしても歳のほどは若そうだ。キーツと同じくらいか。
黒いローブの男は、無造作にフードを外して、顔を見せた。
「!」
男の顔を見て驚いたのはアイナだ。声を失い、口許を手で押さえる。
だが、アイナに対して背を見せていたキーツは気がつかない。
「誰だ、てめえは!?」
「シュナイト」
「シュナイト? ここの地下室にこもっているって言う領主の息子か」
領主の息子たちは末っ子のデイビッド以外、特殊な能力を備えていることを聞いているキーツは、その力を使われないうちにカタをつけようと、階段を二段、三段と上がって、間合いを詰めた。
対するシュナイトは右腕をキーツたちの方へ突き出す。特殊能力の《黒き炎》を喰らわせようというのだ。
二人の戦いが始まろうとした、まさにそのとき──
「ランバート! ランバートなんでしょ!?」
アイナは感極まったような声を上げた。その名こそ、故郷の丘で出会った旅の青年。アイナがこのセルモアまで追いかけてきた相手だ。
キーツは驚いたように後ろを振り返ってから、またシュナイトの顔を見つめ直した。
「ランバート?」
「シュナイト」と名乗った人間に「ランバート」と名前を呼ぶアイナが、キーツには奇異なものに映った。
一方、シュナイトの反応は──
「女、何を……」
シュナイトは明らかに動揺しているように見えた。困惑している。
「ランバート、忘れたの? 私よ。アイナよ!」
アイナは訴えるようにシュナイト──いや、ランバートに話しかけた。
しかし、シュナイトは分からない様子だった。
だが、その前に突き出されたシュナイトの右腕は震え、《黒き炎》を放つことが出来ない。
一番、訳が分からないのは二人の関係を知らないキーツであったが、やがて下の方からようやく追いかけてきた城の兵士たちを見て、呑気に成り行きを見守っている場合ではないと悟った。
「今は脱出が先決だ! 行くぞ!」
「あっ! キーツ、待って!」
「バカ、そんなことしてたら捕まっちまうよ!」
キーツは強引にアイナの腕をつかむと、階上へと逃げた。行く手にはシュナイトが立ちつくしている。
「どけ! 斬られてえのか!?」
《幻惑の剣》の軽く振るいながら、キーツはシュナイトの脇を通り抜けた。どうして本気になって斬らなかったのか、このときのキーツには分からなかったが、相手は何の抵抗もなく通してくれた。
「ランバート! ランバート!」
アイナは未練がましく、男の名を呼んだ。それを聞くだけで、キーツはムカムカしてくる。
「急げ!」
キーツは絶対にその手を離さなかった。