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[第十九章/− −5−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第十九章 最後の奇跡(5)


 ゴルバの黒い毒霧が晴れると、そこにはグラハムだけでなく、部下たちも巻き添えをくって倒れていた。どうせ、先程のグラハムの言葉でゴルバに疑いを持ったはずだ。殺してしまえばせいせいする。
 ゴルバはうつぶせに倒れているグラハムの頭を踏みつけた。
「どうだ? これでもオレは親父以下だとでも言うのか?」
 ゴルバは残忍に笑った。
 もはや、グラハムにはそれに抵抗する力は残っていなかった。毒が全身に回っている。起きあがることはおろか、喋ることもできない。
(ちくしょう……これでお終いかよ……)
 薄れつつある意識の中で、グラハムは呟いていた。せめて一矢報いたいところだが、この身体では無理だろう。
(アイツら、ちゃんと逃げられただろうな……ウィル、後は頼むぜ……キャロル……すまない……結局、オレは何もしてやれなかった……)
 もう目も見えない中、浮かぶのはキャロルの顔だ。
(キャロル……)
 子供のいないグラハムにとって、キャロルは唯一の身内と言えた。悪行三昧を繰り返してきた人生だったが、キャロルと過ごした八年間ほど充実したものはなかっただろう。自分でも変わったと思う。もう、どうしようもない人間だと、半ば諦めていたが、キャロルと一緒に生活するようになってから、充足感を得られた。
 かけがえのないキャロル。
(オレの娘……)
 涙が流れた。幼い頃にも流した記憶がない涙が。
(生きたい……もっと生きたい……キャロルの成長を、これからも、ずっとずっと見守ってやりたい! オレはまだ、こんなところでくたばれない!)
「そろそろトドメを刺してやろう!」
 ゴルバは足をどかし、そのグラハムの頭めがけて悪魔の斧<デビル・アックス>を振り下ろそうとした。その刹那──
 まばゆい光がグラハムの身体から発した!
「何だ!? 何が起こったというのだ!?」
 ゴルバは思わず、二、三歩、後ずさってしまった。まともに目を開けていられない。
 やがて、光がおさまると、再びゴルバは驚いた。
 そこにグラハム神父が立っていたのだ!
 それは幽霊でも幻でもない。本人その人であった。
「ど、どういうことだ? 貴様、オレの毒霧を喰らって、平気だとでも言うのか……?」
「へっへっへ、神様も粋なことをしてくれぜ!」
 そう言って、グラハムはニヤッと笑った。
「神だと!?」
「ああ。これでも神の使いなんでね」
「聖魔法<ホーリー・マジック>か……」
 これまで神父でありながら、聖魔法<ホーリー・マジック>を使えなかったグラハムが、この土壇場で奇跡を起こしたのだった。
「解毒なんて造作もねえぜ。さあ、これでお前の能力は役立たずになったな」
「ええい! 貴様など、この悪魔の斧<デビル・アックス>の餌食にしてくれるわ!」
 ゴルバは聖魔法<ホーリー・マジック>を習得したグラハムに猛攻を加えた。そうはさせじと、グラハムも戦槌<メイス>で応戦する。二人とも体力に任せて戦った。これまで以上の壮絶さだ。
「うりゃあああっ!」
「どりゃあああっ!」
「はああああっ!」
「でえええええいっ!」
 ゴルバの悪魔の斧<デビル・アックス>は、グラハムに深手を与えても、すぐに聖魔法<ホーリー・マジック>で治癒されてしまい、決定力を欠いた。
 一方、グラハムもゴルバの猛攻の前に防戦を強いられ、こちらからの攻撃を加えられない。
 周囲には両者の血と汗が飛び散り、凄惨な死闘を呈してきた。
 技量と精神力。その双方で二人に差はなかったと言える。
 だが──
 悪魔の斧<デビル・アックス>は戦いを増すごとに、その破壊力も増しているようだった。
 バキッ!
 ついに悪魔の斧<デビル・アックス>の一撃が、グラハムの戦槌<メイス>を砕いた。凶刃はグラハムの眉間にまで及び、鮮血を吹き出させる。グラハムの膝が崩れかけた。
「ま、ま、まだまだぁーっ!」
 グラハムは砕けた戦槌<メイス>を捨て、両手を突き出した。その掌底より聖魔法<ホーリー・マジック>の攻撃呪文である渾身の《気弾》が発射される。
 ドンッ!
 それをまともに胸で受けたゴルバの身体は後ろに吹き飛ばされ、口からはおびただしい量の吐血をした。それでも倒れずに立っていたことは驚くべきことだ。
「ぐ、ぐふっ……やるな……だが!」
 ゴルバは足をふらつかせながらも、首を跳ね飛ばしてやろうと、悪魔の斧<デビル・アックス>を振りかぶった。
 だが、それが振るわれることはなかった。
 グラハム神父は《気弾》を発射した姿勢のまま、すでに絶命していたのだ……。


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