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[第十九章/− −3 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第十九章 最後の奇跡(3)


「オッサン!」
「神父様!」
 キーツとアイナが悲痛な声を上げる。
 しかし、やはり天は神父を見放していなかったのだろうか、グラハムの身体はたまたま立っていた兵士の一人にぶつかり、衝撃を緩和することが出来た。もし、兵士とぶつかっていなければ、そのまま壁まで吹き飛ばされて、全身がバラバラになっていただろう。その証拠に、グラハムの身体をクッション代わりに受け止める形になった兵士は即死してしまっている。
「いててて……」
 グラハムは顔をしかめながらも立ち上がることが出来た。それを見て、アイナとキーツが安堵する。
 だが、次の瞬間、その表情が凍りついた。グラハムの身を守った大盾<ラージ・シールド>が真っ二つになったのだ。
 ゴルバは笑った。
「運のいいヤツだな。だが、次も生き延びられるかな?」
 余裕たっぷりのゴルバに対し、グラハムは戦槌<メイス>を両手で持った。これでさらなるスピードとパワーを得るつもりなのだ。だが、その一撃をかわされれば、無防備になってしまう。イチかバチかだ。
 ゴルバとグラハムは互いに見据えながら、ゆっくりと弧を描くように移動した。キーツもアイナも加勢したいところだが、二人の気に圧倒され、見守ることしかできなかった。それは城の兵士たちにも言える。
「おい」
 ゴルバからは目線を外さず、グラハムが二人を呼んだ。一瞬、ゴルバが仕掛けようとしたが、それを踏みとどまった。隙が見出せないのだ。
「今のうちに逃げろ」
 グラハムの言葉に、二人は何を言っているのか理解するのに少し時間を要した。
「な、何言ってやがる」
「そうよ、神父様を置いて行けるわけないでしょ?」
「バカ野郎! さっき、役割を決めただろうが!? アンタは薬を届けるのが仕事だ! キーツ、お前はそいつを守ってやれ! オレは目の前のコイツをぶちのめす!」
「そんな、ムリよ!」
「そうだ! 一人になったら殺られちまうに決まってる!」
「チッ! 信用がねえな。誰が好き好んで死ぬもんか! 死んだら酒が飲めなくなるぜ!」
「でも……」
「うるせえ! さっさと行け! お前らがいると気が散って勝負にならねえ!」
「………」
 そうは言われても、はい、そうですか、と逃げられるわけがない。アイナは手にしていた魔法の薬<マジック・ポーション>の小瓶を握りしめた。
 そんなアイナの肩を、キーツがポンと叩いた。
「行こうぜ」
「キーツ!?」
「オレたちは生き残らなきゃならねえ。ここで全滅するわけにはいかないんだ。デイビッドはどうする? ウィルは? みんな、オレたちが戻らなきゃお終いなんだぜ」
 アイナは涙がこぼれそうになって、必死にこらえた。キーツにそんなところを見せたくなかった。
「仲間なら信じてやれ。オッサンが無事に戻ってくることをよ」
 そう言いながら、キーツはこれまでの傭兵稼業の中で死に別れた仲間たちの顔を思い出していた。そして、最愛の女<ひと>の顔を。
 アイナはコクンとうなずいた。
「よし、行くぜ!」
 キーツとアイナは二階への階段を駆け登った。後ろは振り向かない。
「キャロルによろしくな!」
 その背中に、グラハムはそれだけの言葉を投げかけた。
「貴様ら、何をぼーっとしている! 追え!」
 ゴルバは呆然と立ちつくしている部下たちに檄を飛ばした。
 それがゴルバに隙を作る。
「やああああああっ!」
 頭上より、グラハム会心の一撃がゴルバを襲った。これまでとは比べものにならない鋭いスピード。体をかわすことはできない。ゴルバは悪魔の斧<デビル・アックス>で、グラハムの戦槌<メイス>を受け止めた。
 ガツッ!
 だが、なんと重い一撃か。ゴルバは思わず膝を屈した。
「ぐっ!」
「よくぞ受け止めた! だが──!」
 グラハムは、なおも力を込めた。じりじりとゴルバが支えきれなくなる。
「ぐぐぐぐっ……」
「どうした、お前の力はそんなものかい? やっぱり、親父さんほどじゃないようだな」
「き、貴様、父を……し、知っているのか……?」
「一度だけ会ったことがある。手合わせをしちゃいないが、一目でオレなんかが敵う相手じゃないと思ったぜ」
「お、オレは……その親父を……」
「殺したことで、親父を超えたつもりか? そんなのはオレが認めねえぞ」
「だ、だ、黙れええええええええっ!」
 ゴルバは最後の力を振り絞ると、口を開き、バルバロッサを倒した黒い毒霧をグラハムに向けて吐き出した。


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