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[第二十四章/− −2 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十四章 戦  端(2)


 それにつられる形で、マカリスターも後に続く。目指すはパメラを幽閉していた尖塔の小部屋である。
 ゴルバとマカリスター、そして報告にきた兵士の三人は、パメラの寝室へ到着すると、呼びかけることもせずにカギを開けた。
 その物々しさに、中のパメラは少し驚いたように振り向く。
「ゴルバ!?」
「パメラ、無事か!?」
 ゴルバはパメラの両肩をつかむかのようにして、その安否を確かめた。やや手荒なゴルバに、パメラは顔をしかめる。
「何事が起きたのです?」
 パメラはゴルバに問いただした。
 一方、ゴルバに対して毅然と振る舞うパメラを見て、マカリスターは感心するように唸った。
 ゴルバは取り乱した自分を恥じ、慌ててパメラから身体を離す。
「い、いや、見張りの兵がいなくなったと報告があったのでな。お前の身に何かあったのではないかと思ったのだ」
 見張りの兵と聞いて、パメラの表情は一瞬だけ強張ったが、すぐに普段通りになって、
「私はこの通り無事です。見張りの者も、少し持ち場を離れただけではないのですか?」
 と、しらを切った。まさか、ソロが片付けたなどとは言えない。
「そうなのか?」
 ゴルバは凄味を利かせた目で、兵士の方を睨む。
 兵士は震え上がりながらも、
「い、いえ、少なくとも近くにはおりませんでした!」
 と、正直に伝える。
 ゴルバは舐めまわすようにパメラの寝室を見渡した。
 そんなゴルバの身体をパメラは押し戻すようにする。
「さあ、用が済んだのならば出て行ってください」
 そう言いながら厚い胸板を押すパメラの細腕をゴルバはつかんだ。
「オレに命令するつもりか?」
 ゴルバはパメラの顔を覗き込むようにした。
 その顔をそらすパメラ。
「怪しいな」
「何か証拠でも?」
「………」
 ゴルバはパメラの腕を離すとともに、その身体を押しやった。弾みで、パメラはベッドに腰を落とす。
「悪いが、少し出ていてもらえるか?」
 ゴルバはマカリスターたちに言った。それには従わざるを得ない。
「執務室の方に戻っています」
 マカリスターはそう告げて、兵士ともども退室した。
 小さな部屋には、ゴルバとパメラの二人が残った。
 だが、二人きりになっても沈黙が続いた。いや、二人きりだからこそか。
 先に口を開いたのは、パメラの方だった。
「私のこと、心配したの?」
「………」
 ゴルバは思わず、パメラの顔を見た。真っ直ぐ見つめられていて、正視していられなくなる。顔ばかりでなく、背中も向けた。
「……お前が死のうがどうしようがかまわない。だが、デイビッドを助けている連中に連れ去られたのではないかと思ったのでな。お前は大事な人質だ。それをさらわれてはかなわん」
「それだけ?」
「ああ、それだけだ。他に何があると言うのだ?」
 パメラはゴルバの背中を見ながら、先程、飛び込んできた元恋人の顔を思い出していた。十何年かぶりに見た気がする。懐かしかった。
 だが、そんな感傷もすぐに消えてしまう。
「お前にはデイビッドの最期を見届けてもらう」
 ゴルバは言葉を搾り出すように言った。
 パメラの手は、自然にベッドの隙間へと伸びる。そこにソロが忘れていったダガーが隠してあった。それをゴルバに突き立てるなら、背中を向けている今がチャンスだ。
 昔は恋人でも、今は息子を殺そうとしている男だ。パメラに対しての愛情はわずかながら残っているかもしれないが、デイビッドに対しては父親だったバルバロッサ以上に憎しみを抱いているだろう。
 指先がダガーの柄に触れた。
「それまでは何が何でも生きていてもらうぞ」
 不意にゴルバが振り返り、パメラはベッドの隙間から手を抜いた。正面きって、斬りかかったところで勝ち目はない。
 パメラはゴルバを睨んだ。その目にゴルバは笑みを見せる。
「オレが憎いか? 憎め! もっと憎め! オレの憎しみは、そんなものではないぞ!」
 ゴルバはそう言うと、寝室のドアから出て行った。
 もう後戻りは出来ないのだと、パメラは改めて思った。それはバルバロッサとの結婚を決めた時に覚悟したつもりだったが、悲しみは今になっても込み上げてくる。
 湖水に投げ入れた銀貨のように、遠いあの日の二人は、もう帰らない。


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