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[第二十四章/− −3 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十四章 戦  端(3)


 ドワーフの集落は、ゴルバたちの攻撃に備えて、採掘の作業を中断し、バリケードの作成や戦闘訓練に忙殺されていた。
 そんな物々しい雰囲気を肌で感じながら、アイナは一人、申し訳ない気持で一杯だった。
 そもそも、自分がデイビッドを助けたのが発端である。あのとき、キーツの言う通り、デイビッドの身柄を城の兵士たちに引き渡しておけば、ここまでの事態を招かなかったはずだ。
 もちろん、まだ小さなデイビッドを見殺しにすることもアイナには出来ない。《取り残された湖》のほとりで、デイビッドを助けたのは間違っていなかったと思うし、危険を承知で街に連れ込んだのも、生死に関わるような状態だったのだから仕方ないだろう。
 だが、街全体を巻き込む大きな戦いにまで発展しようとしている現在、他に取るべき手段はなかったのかと自問したくなる。誰かに答えを導き出して欲しかった。
 そんなことを考えながら歩いていると、ふと黒い人影が目に入った。
 ウィルである。
 ウィルはぽつんと一人、集落のはずれにある切り株に腰をおろし、何やら手元の細かい作業に没頭しているようだった。アイナが近づいて行くと、《光の短剣》で手枷を外そうとしているところだと分かる。
 近づいてきたアイナに気づき、ウィルは作業を止めて、顔を上げた。
「どうした?」
 いつものように感情を表に出さない表情だったが、ウィルなりにアイナを心配しているのだろうか。少し虚を突かれた感じで、アイナは作り笑顔を浮かべる。
「何が? 別にどうもしないわよ」
「オレには浮かない顔に見えたが」
「……ありがとう。でも、大丈夫よ」
 アイナは精一杯の笑顔を見せた。
 本当は戦いを招いた責任の他にも考え事があった。ランバートの──いや、シュナイトのことである。
 アイナとシュナイトの関係を知っているのは、まだキーツだけだ。
 キーツに言われた通り、再びアイナの目の前にシュナイトが現れたとき、自分は敵として戦うことが出来るのか。考えれば考えるほど無理な気がする。だから、さっきもキーツに答えを返すことが出来ず、その場を逃げ出すような格好になってしまった。
 それでも近いうちに必ず、それは現実のものになるだろう。その瞬間を想像すると、アイナは気が重かった。
 そんな考えを振り払うように、アイナは話題を転じることにした。
「それより、その手枷はどう? 外れそう?」
 ウィルはかぶりを振った。
「さすがに古代王国時代の物だ。簡単には外れない」
 とは言え、ウィルはあまり困っているような様子を見せないので、本気で外す気があるのか疑わしくなってくる。
「でも、その短剣だって、魔法の品<マジック・アイテム>なんでしょ?」
 アイナはウィルの《光の短剣》を指差して言った。うなずくウィル。
「その辺の対処も完璧なようだな。囚人の拘束具としては最良だろう」
「そんな感心して、どうするのよ?」
 アイナは呆れた。だが、不思議と今、敵が襲ってきたとしても、ウィルならば何とか撃退してしまいそうな気がしてくる。
「それよりも今回は助けてもらった。何かお礼がしたいのだが」
「私に?」
 ウィルがそのような人並みのセリフを吐くこと自体、驚きだった。
 そんなアイナが驚いているうちに、ウィルは立ち上がって、身体を近づけた。すると当然のことながら、この世のものとは思えないウィルの美しい顔が迫ってくるのを直視してしまう。
 アイナは恥らう乙女のように赤くなった。何日か行動をともにして慣れたつもりだったが、ここまで接近されるとウィルに魅了されてしまう。膝が震え、肩が強張った。
 ウィルの腕がアイナの腰に回されていく。
(う、ウソ……)
 アイナはドキドキしながら、つい目を閉じて、顎をそらせた。
「五本ほど借りるぞ」
「え?」
 目を開けると、ウィルが離れるところだった。その手には何本かの鉄の矢。腰のベルトに下げた矢筒に入っていたものだ。
 ウィルは単にアイナの矢筒から矢を抜き取っただけだった。勝手に妄想していたアイナは、先程とは別の意味で恥ずかしくなり、真っ赤になる。
 ウィルはそれに気づいたのか気づかなかったのか、いつもの物静かさを崩しもせず、鉄の矢の一本一本を取り上げて眺めた。そして、おもむろに《光の短剣》で矢を傷つけ始める。
 アイナは訝った。
「何をしているの?」
 質問には答えず、ウィルは慣れた手つきで鉄の矢に何かを彫っていた。文字のようにも見える。だが、それにしてはアイナの知らない文字だった。
 一本目を彫り終えると、その矢をアイナの方へと差し出した。アイナはそれを眺める。
「何コレ?」
「ルーン文字という魔法の力が宿った字を刻んでおいた。発射すれば、自動的に魔法が発動する」
「ふーん。で、どんな魔法?」
「それは使えば分かる。──他のも出来た」
 アイナはウィルから五本の矢を受け取った。読めはしなかったが、緻密な文字が寸分違わず刻まれているのが分かる。まるで職人技のようだった。何でも出来る男だと、つくづく感心する。
「ありがとう」
 きっとこれからの激戦を予想して、ウィルがアイナの助けになればとくれたのだろう。どんな効果を持っているのか気になったが、大切に使おうと思った。
 ウィルはおもむろに立ち上がった。その視線は領主の城の方角を見つめている。
 アイナもそちらを振り返った。
「あれは……?」
 その方角には、一筋の煙が立ち昇っていた。火事などではない。もっと規模は小さいが、明確な意図を持った煙だ。
「動いたな」
 ウィルはそう呟いた。
 その煙こそ、ストーンフッドが領主の城近くに潜ませていた監視役の手による狼煙だった。それはつまり、敵が動いたことを意味する。
「来るぞ」
 ウィルは即座に、皆が集まっていると思われる鉱山の方へと歩き出した。アイナもそれに続く。
 いよいよ本格的な戦いが始まろうとしていた。


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