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[第二十四章/− −4 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十四章 戦  端(4)


 それよりも数刻前、領主の城は内も外も慌ただしい動きを見せていた。
 ついにゴルバが、ドワーフの集落に攻撃を仕掛ける命令を下したのだ。
 その先鋒となるのは、マカリスターが率いるノルノイ砦の騎士団、約五百名である。ゴルバは指揮権をマカリスターに委ねた。
「マカリスター卿、頼みましたぞ」
 ゴルバはマカリスターの目を見据えながら、力強く手を握った。
 だが、マカリスターには少なからず動揺が見える。
「私どもだけで、よろしいのですか?」
 当然、ドワーフの集落を攻撃するときは、ゴルバが先頭に立って、兵士たちを率いると思っていたのだ。それをあっさりとマカリスターに任せるというのは合点がいかない。ひょっとしたら、ゴルバは自分たちを捨て駒として使うのではないかという懸念があった。
 そんなマカリスターに、ゴルバは笑みを向けた。
「ドワーフたちは、数にして二百人足らず。戦える者となれば、その半分以下でしょう。マカリスター殿の騎士団だけで充分に事足りるはず」
「しかし──」
 心配を口にしようとしたマカリスターは、身を乗り出すように顔を近づけてきたゴルバに気圧されて、言葉を飲み込む。
「マカリスター卿、私たちの味方になるのでしたら、その証拠を見せてもらいたい」
「閣下? 我々を試すおつもりですか?」
「ノルノイ砦の騎士団の働きを見てみたいのです。それに、この戦いは楽勝だと思いませんか……」
「………」
 表現は丁寧だが、これは恫喝に等しい。それでもマカリスターは否を言うわけにはいかなかった。
「……分かりました。閣下のご期待に添えるよう、最善を尽くします」
「頼みます、マカリスター卿。一応、吟遊詩人の相手としてソロを同行させます。ヤツは魔法を使えないと言うことですが、それでも手練れ。普通の者では太刀打ちできないでしょうから」
「かたじけない」
「──ソロ、マカリスター卿に従い、吟遊詩人の骸<むくろ>をここへ引きずってこい!」
 すると今までどこにいたのか、突然、ソロが姿を現した。幽霊のごとき登場に、マカリスターは短い悲鳴を上げる。
「兄ィ、任せてくれ。今度こそ、あのムカつく顔を切り刻んでやるぜ!」
 口許は笑みを見せながらも、眼だけは憎悪に燃えて、ソロは誓った。
「よし、出撃だ!」
 いざ出撃が決まると、ノルノイ砦の騎士たちの動きは素早かった。甲冑を身につけ、武装を整える。馬も同様だ。領主の城は火事場のような喧噪に包まれた。
 その様子を、サリーレはカシオスの寝室の窓から眺めていた。
「いいのかい、カシオス?」
「何がだ?」
 カシオスは、まだベッドに横たわったままだ。サリーレが診るところ、あまり具合は良くないらしい。
 それでもサリーレは言わずにはいられなかった。
「つい昨日、仲間に加わったヤツだけに任せるなんて、ちょっと無謀すぎないかってことよ」
「マカリスターは、こちらが優勢であるうちは裏切らんさ。その辺の計算は出来る男だ。それにヤツの首にはオレの髪の毛を巻きつけておいた。ここに居ながらにして、ヤツの行動は手に取るように分かる」
「敵には、あのウィルって言う吟遊詩人がいるのよ」
「サリーレ。お前は余程、あの男を高く買っているんだな」
 カシオスは皮肉めいた口調で言う。サリーレは、そんなカシオスに少し腹を立てた。
「当たり前よ。カシオスをこんな体にしたのは、そのウィルなのよ! カシオスだって、その力は認めていたじゃない」
「ああ、ヤツの恐ろしさは充分に知っている。だがな、兄のシュナイトがヤツの魔法を封じたと言っているんだ。ならば、こちらの軍に攻撃魔法をブチ込まれる心配はなくなり、純粋に数の勝負に持ち込めるだろう。ソロも同行させたようだが、アイツが吟遊詩人を仕留めようがしまいが関係ない。要はデイビッドを捕らえるか、殺せればいいんだ。混戦になれば、他人を守る余裕など、ヤツにもないはず」
 カシオスの読みは正しいだろう。それはサリーレも認める。だが、それでもまだ釈然としなかった。
「あたいは、カシオスが自分で、あのウィルを殺るものとばかり思っていたわ。ううん、もし体の具合が悪いようなら、あたいたちを差し向けてもいいんじゃ?」
「……殺るさ。オレが、この手で、な。そのための手段も講じてある。心配するな」
 そうまでカシオスに言われては、サリーレも引き下がるしかなかった。
「……分かったわ」
「オレたちは城で待機だ。ただし、いつでも戦える準備だけはしておけ。状況によっては出撃してもらう可能性もある。オレは動けそうもないがな」
 サリーレはうなずくと、それを仲間たちに伝えるため、カシオスの寝室から出て行った。
 カシオスは一人になると、目を閉じた。その表情は穏やかなものではなく、眉間にシワを寄せた厳しいものになる。なぜなら、例によってカシオスは異形の力を用いて、自分の下僕を遠隔操作しているのだった。
 それはマカリスターたちノルノイ砦の騎士団とは違う進路で、ドワーフの集落に向かっていた。


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