←前頁]  [RED文庫]  [「神々の遺産」目次]  [新・読書感想文]  [次頁→

[第二十四章/− −5−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十四章 戦  端(5)


 仲間からの狼煙を確認したドワーフの集落では、戦える男たちはもちろん、老若男女を問わず、走り回っていた。怒号が飛び交う。
「女子供は坑道に隠れろ! 男たちはありったけの武器を掻き集めるんだ!」
「岩は所定の場所に! 石ころ一つも見逃すなよ!」
「恐れるな! 奮い立て!」
「そうだ! 我々にはデイビッド殿がおられる! 領主殿の命を奪った敵に報いを受けさせるのだ!」
「おおおおおっ!」
 ドワーフたちの戦意は旺盛だった。戦いの支度を準備万端整える。
 先頭に立つのはストーンフッドだ。愛用の戦槌<ウォー・ハンマー>を右手に持ち、全身は頭までスッポリと覆ったミスリル銀製の鎖帷子<チェイン・メイル>である。
「いいか、みんな! ヤツらにドワーフ魂を見せてやるんじゃ!」
「おおおおおおおおっ!」
 ストーンフッドの掛け声に、ドワーフたちは武器を高く掲げた。
 そんな一団と離れて、ウィル、アイナ、レイフ、デイビッド、キャロル、そして仔犬はストーンフッドの小屋の入口に集まっていた。
「デイビッドとキャロルも坑道に隠れた方がいいでしょう」
 レイフの提案に、アイナもウィルもうなずいた。敵の狙いはデイビッドなのだ。デイビッドを守ることが最優先である。
 デイビッドは相変わらず自分が狙われていることを自覚していないようだったが、周囲の物々しさに、やや不安そうな表情を見せていた。そんなデイビッドの手をキャロルが握ってやっている。
「つきましては、アイナさんに二人を守って欲しいのですが」
 それも妥当なところだろう。だが──
「敵が飛び道具を用意しているかどうか分からないけど、私の弓の腕は貴重だと思うわ」
 と、戦いに加わりたい意志を伝える。アイナは責任を感じ、もう安全な所で隠れることなどたくさんだった。
「しかし……」
 レイフはウィルからも言い添えてもらおうと顔を見たが、口数の少ない吟遊詩人は黙ったままだ。本人の意思を尊重するつもりなのか。
 だが、レイフとしては、あえてアイナを危険な目に遭わせるわけにはいかなかった。女性を守るのが騎士の務めである。
「アイナのことは心配するな。オレがこの命に替えても守るぜ」
 いきなり入口からキーツが姿を現した。皮鎧<レザー・アーマー>も身につけている。
 ウィルとデイビッド以外の者たちは驚いた。
「キーツ! まだ寝てなきゃダメでしょ!」
「そうです! とても戦えるような身体ではありません!」
 アイナとレイフに言われ、キーツは大袈裟に耳を塞ぐ。
「うるせえなあ。これくらいの傷、傭兵稼業で鍛えたオレにはどうってことねえ。それに戦わずして殺されるわけにもいかないんでね」
 そう言って、キーツは白い歯を見せた。アイナは呆れ顔だ。
 だが、キーツとすれば、敵にミシルのカタキであるマインがいるかも知れない以上、大人しく寝ているわけにはいかなかった。マインだけは自分の手で仕留めたい。そう強く誓っていた。
「二人とも、言って聞くようなヤツではないからな」
 ウィルは肩をすくめるようなポーズを作ったが、なんとなくわざとらしい。キーツはニヤニヤした。
 こうなっては仕方ない。レイフは嘆息した。
「分かりました。デイビッド様たちは私が護衛しましょう。でも、くれぐれも皆さん、ムチャをしないでくださいよ」
 自分で言っておきながら、無理だろうと諦めているレイフだった。
「また無事に顔を合わせようぜ!」
 キーツはそう言って、右手を差し出した。その手の上にアイナも同じように重ねる。レイフもそれにならった。
 それを見ていたキャロルが、デイビッドの手を取って、その上に重ねる。
 仔犬もそれに加わりたいのか、しきりに跳びはねていた。
 あと一人。
 突っ立ったままのウィルに、皆が顔を向けた。皆、待っていた。
 ウィルは無表情に、キャロルの手の上に自分のを重ねた。
 キーツはすーっと大きく息を吸い込んだ。そして──
「よし、行くぜ!」
 いよいよ戦端が開かれようとしていた。


<次頁へ>


←前頁]  [RED文庫]  [「神々の遺産」目次]  [新・読書感想文]  [次頁→