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キーツは乱戦の中で、マインの姿を探し求めていた。目の前ではドワーフたちとノルノイ砦の騎士団による戦いが繰り広げられている。戦いに秩序など無意味だった。
「どこにいやがる?」
マインのような大男ならば、戦場でも目立つはずだが、それらしい姿は皆無であった。敵は甲冑を身につけた騎士が多いので、マインのような傭兵はこの戦いに参加していないのかも知れない。そう思いながらも、キーツは諦めることが出来なかった。
「キーツ!」
先走るキーツの背中に、アイナは大声で呼びかけたが、この喧噪の中では聞こえるはずもない。
キーツの行動に対し、アイナは気を配っていた。キャロルからキーツのカタキが敵側にいることを聞いていたからである。キーツの性格からして、きっとそのカタキを探しているに違いない。昨夜、ソロに痛めつけられた身体は癒えていないというのに、無理に戦いへ参加しようとしているのが、その証拠である。放っておくわけにはいかなかった。
だが、敵が集落にまで雪崩れ込むようになると、キーツとの距離は離れがちになった。近づこうにも、あちこちで戦いが起きていて、行く手を阻まれる。
アイナはなるべく接近戦を避け、左腕のクロスボウで援護した。おそらく接近戦になれば、女の細腕で防ぐことは難しいだろう。それよりは得意のクロスボウで早めに仕留める方が確実だ。
それでいてキーツから目を離すわけにもいかない。アイナはキーツの背後から襲いかかろうとしている敵にクロスボウを発射した。
狙いは正確。矢を背中に受けた敵はキーツに斬りかかろうとした姿勢のまま、膝を屈した。当のキーツはそんなことに気づきもしない。
「あのバカ! あれじゃ命がいくつあっても足りないじゃない!」
アイナの言葉には思わず怒気がこもった。
アイナの心配をよそに、キーツは宿敵を捜し続けていた。
「がふっ!」
キーツの目の前で、一人のドワーフが倒れた。首に致命傷。甲冑に返り血を浴びた敵騎士が、肩で大きく息をしながら、次の目標をキーツに定めた。眼は座っている。
「チッ、オレの前に立ち塞がるな!」
キーツはめんどくさそうに呟くと、《幻惑の剣》を構えた。陽光が七色に剣を輝かせる。
「いやぁぁぁぁっ!」
気迫のこもった声を発し、敵騎士が斬りかかってきた。血に染まった戦いのせいで異様な興奮状態だ。
だが、キーツも百戦錬磨の傭兵。的確に相手を見極めていた。
ノルノイ砦の騎士団は常に演習を繰り返してきた騎士団だったが、実戦経験ということでは初めての者も多い。その点、キーツは様々な戦場を駆け、そして生き抜いてきた。その差は大きい。
キーツは《幻惑の剣》を一閃させ、敵騎士の右腕を斬り飛ばした。敵騎士は武器と利き腕を同時になくし、悲鳴を上げて悶絶する。それだけで戦意喪失だ。
「失せろ!」
キーツは跪く敵騎士を蹴り倒して、なおも戦場を動き回った。
「まだ墜とせないのか!?」
思わぬ苦戦に、ノルノイ砦の騎士団を指揮するマカリスターは歯ぎしりした。ドワーフたちが頑強に抵抗するのは予測の範囲であったが、意外と戦果が挙がらないことに苛立ちが募る。重い甲冑を着て、斜面をよじ登る部下たちの姿が、また情けなかった。
だからといって、マカリスターは自分から突撃していくようなタイプではない。後方より戦局を見極め、的確な指示を出していくタイプだ──と、本人は勝手に思っている。実際は身の保身を一番に考えているだけなのだが。
一方、守勢のドワーフを指揮するストーンフッドは、自ら先頭に立って戦槌<ウォー・ハンマー>を振るった。ソロから受けた首へのダメージは残っていたが、その程度で引っ込むような軟弱さを持ち合わせていない。むしろ挽回しようと、敵騎士の駆逐に燃えていた。
「押し返せ! ひるむな! 敵は馬から下りれば、満足に歩くことも出来ないぞ!」
ストーンフッドに鼓舞され、ドワーフたちは奮戦した。ソロにバリケードを破られたときは混乱したドワーフたちも、徐々に統率を取り戻しつつある。敵騎士一人に対して、ドワーフ側は二人で対応。そうすることによって、数的有利と敵の孤立を謀ることが出来た。バリケードを突破して、ドワーフの集落に入り込めた敵は、決して多くない。
戦況の推移は、マカリスターもちゃんと把握していた。
「まったく、どうなっているのだ? それに突破口を開いたソロ殿はどうしたと言うのだ?」
異形の者であるソロ一人でも、ドワーフの十人や二十人、簡単に始末できると計算していたのだが、派手な突入をして以降、目立った活躍が見られない。まさかやられたということはあるまいと思いつつ、マカリスターは不安になっていた。
だが、そのソロの相手がウィルならば、仕方のないところだろう。